ナンパ師と私2

例のナンパ師とメールのやりとりをした。

演技か素かの二項対立に自分がこだわってしまう理由を、私は知りたいのである。

そこで、私とは全く逆の性質を持っているようにみえるナンパ師に、私は接触を試みた。

鮮やかすぎるほど、ナンパ師は、演技か素かの二項対立にこだわっていなかった。

====ナンパ師から重森へ====

重森さんへ

 こんばんは。
 ○○です。
 本日は受講いただき誠に有り難うございました。
 対人恐怖症なんて全く見えませんでしたよ。
 それどころか、普通以上でした。
 本当です。
 「路上実地」初受講としましては、上出来だったと思います。
 あんな歯の浮くような台詞を良く言っていただきました。
 路上で見知らぬ女性にいえれば、どこでも平気になります。
 もうすこし馴れていただければ、よいリアクションも、もらえるようになります。
 大丈夫です。
 声が小さいと感じました。
 声も発生練習により、良く出るようになります。
 馴れていただくためには、お渡ししましたテキストを良く何度も読んでいただき、とにかく声をだして練習していただくことが大切です。
 継続してやっていけば結果はでます。
 これを切っ掛けに頑張っていって頂きたいものです。
 またの受講をお待ちしております。
 今後ともどうぞ宜しく御願い致します。

============

====重森からナンパ師へ====

重森です

こんばんは。

今日は本当にありがとうございました!
講義の時間を延長して下さり、誠に恐縮です…。

○○さんはとても面白いです。○○さんが話すセリフだけでな
く、そのセリフを口にされているときの○○さんの雰囲気、○○
さんの顔全体から醸し出される楽しげなオーラが、とても魅
力的でした。

女の人が引き寄せられるのもよく分かる気がします。

ナンパをするには演劇の才能が必要なのだな、と思いました。
セリフをゆっくりと落ち着いて話し、あせることなく冷静にし
かるべき位置に立ち、けしておどおどと緊張しないことが重要
なのだなと思いました。

今後も練習を続けていきたいと思います。

これからもどうぞ宜しくお願い致します。



○○さんに私は、ひとつ謝るべきことがあります。

講中に、○○さんに対して失礼な質問をしてしまったことを
私は申し訳なく思っております。すいませんでした。

「最初から最後まで徹底的に計算し、セリフを用意することに
よってナンパを首尾よく達成できてしまうことに、むなしさを
感じることはないか?」という質問を私はしてしまいました。

とても不躾な質問だったと反省しております。どうぞお許し下
さい。

私は、セリフを覚えて機械的に口に出し、愛してもいない相手
へ「愛している」と言い放つことに、ものすごく罪悪感を感じ
てしまうような人間なのです。

しかし、家に帰ってからよく考えてみると、上記のような私の
考えは、幼稚な考えであるように思いました。

演技か素か、建前か本音か、嘘か本当か、という区別にこだわ
るのは、不毛なことであると気付いたのです。

例えば、私たちは、知り合いに出会うと挨拶を交わします。「
こんにちは」と言ったりします。しかしこの行為を演技である
として非難することはできません。なぜなら「こんにちは」と
発音することは、人間関係を良くしていくために必要不可欠な
儀礼といえるからです。

黙ってブスッとしているよりも、挨拶を交わした方が、お互い
楽しく過ごせると思います。

ただ、もしも「愛している」というセリフを私が口にした際に
、相手の女性が、「本当?嘘ついているんじゃないの?あなた
は私の体が目当てなんでしょう?」と言ってきたら、どうした
らいいのだろう、と小心者の私は脅えております。

なぜなら図星だからです。

この時にそのまま嘘を付き続けることに、私は抵抗を感じます

「こんにちは」というセリフを口に出すことと、「愛している
」というセリフを口に出すことは大きく異なっており、後者に
ついては絶えず「自分は相手を騙しているのではないか?」と
いう罪の意識が、芽生えがちだと思うのです(なぜか分からな
いのですが)。

しかし、このようなことで悩んでいては、世知辛いこの世の中
を生きていくことが困難になってしまうことも、なんとなく理
解できているのです。

長くなってしまいすいません。
混乱した文章でごめんなさい。



上記の悩みについて考えつつ、これからもナンパを行っていき
たいと今は考えております。まだ自分の中で上記の迷いに対す
る明確な答えを出すことはできていませんが、考えながら行動
していきたいと思う所存です。

今後とも御指導ご鞭撻のほど、どうぞ宜しくお願い致します。
今日は本当にお世話になりました。

失礼致します。

重森誠仁拝

============

====ナンパ師から重森へ====

重森さんへ

 こんばんは。
 ○○です。
 ご丁寧に色々と語っていただきまして、重森さんという人を良く知ることができました。
 私も、営業しながら、同じようなことを考えていた時期あります。

> ○○さま
> 重森です
>
> こんばんは。
>
> 今日は本当にありがとうございました!
> 講義の時間を延長して下さり、誠に恐縮です…。
>
> ○○さんはとても面白いです。○○さんが話すセリフだけでな
> く、そのセリフを口にされているときの○○さんの雰囲気、藤
> 田さんの顔全体から醸し出される楽しげなオーラが、とても魅
> 力的でした。
>
> 女の人が引き寄せられるのもよく分かる気がします。

有り難うございます。

> ナンパをするには演劇の才能が必要なのだな、と思いました。
> セリフをゆっくりと落ち着いて話し、あせることなく冷静にし
> かるべき位置に立ち、けしておどおどと緊張しないことが重要
> なのだなと思いました。
>
> 今後も練習を続けていきたいと思います。
>
> これからもどうぞ宜しくお願い致します。

才能は不要です。
練習のみです。
それも実地ができないときには、柱を相手でも毎日やっていれば効果がでてきます。

> ○○さんに私は、ひとつ謝るべきことがあります。
>
> 受講中に、○○さんに対して失礼な質問をしてしまったことを
> 私は申し訳なく思っております。すいませんでした。
>
> 「最初から最後まで徹底的に計算し、セリフを用意することに
> よってナンパを首尾よく達成できてしまうことに、むなしさを
> 感じることはないか?」という質問を私はしてしまいました。
>
> とても不躾な質問だったと反省しております。どうぞお許し下
> さい。

まったく失礼ではありません。
純粋な気持ちをお持ちであれば感じることです。誰でも。

> 私は、セリフを覚えて機械的に口に出し、愛してもいない相手
> へ「愛している」と言い放つことに、ものすごく罪悪感を感じ
> てしまうような人間なのです。
>
> しかし、家に帰ってからよく考えてみると、上記のような私の
> 考えは、幼稚な考えであるように思いました。
>
> 演技か素か、建前か本音か、嘘か本当か、という区別にこだわ
> るのは、不毛なことであると気付いたのです。
>
> 例えば、私たちは、知り合いに出会うと挨拶を交わします。「
> こんにちは」と言ったりします。しかしこの行為を演技である
> として非難することはできません。なぜなら「こんにちは」と
> 発音することは、人間関係を良くしていくために必要不可欠な
> 儀礼といえるからです。
>
> 黙ってブスッとしているよりも、挨拶を交わした方が、お互い
> 楽しく過ごせると思います。
>
> ただ、もしも「愛している」というセリフを私が口にした際に
> 、相手の女性が、「本当?嘘ついているんじゃないの?あなた
> は私の体が目当てなんでしょう?」と言ってきたら、どうした
> らいいのだろう、と小心者の私は脅えております。
>
> なぜなら図星だからです。
>
> この時にそのまま嘘を付き続けることに、私は抵抗を感じます
> 。
>
> 「こんにちは」というセリフを口に出すことと、「愛している
> 」というセリフを口に出すことは大きく異なっており、後者に
> ついては絶えず「自分は相手を騙しているのではないか?」と
> いう罪の意識が、芽生えがちだと思うのです(なぜか分からな
> いのですが)。
>
> しかし、このようなことで悩んでいては、世知辛いこの世の中
> を生きていくことが困難になってしまうことも、なんとなく理
> 解できているのです。

幸せになりたくないのでしたら、言う必要がありません。
どんなことでも、最終的には戦略と戦術です。
駆け引きを無視していれば、成績はでません。

> 長くなってしまいすいません。
> 混乱した文章でごめんなさい。
>
>
>
> 上記の悩みについて考えつつ、これからもナンパを行っていき
> たいと今は考えております。まだ自分の中で上記の迷いに対す
> る明確な答えを出すことはできていませんが、考えながら行動
> していきたいと思う所存です。
>
> 今後とも御指導ご鞭撻のほど、どうぞ宜しくお願い致します。
> 今日は本当にお世話になりました。
>
> 失礼致します。

こちらこそ、受講いただき本当に有り難うございました。
またの受講をお待ちしております。
重森さんでしたら、いつか大輪の花を咲かせます。

============



以上がナンパ師とのメールのやりとりである。

ナンパ師は徹頭徹尾、演技か素かという二項対立にこだわらない。

彼がこだわるのは、戦略と戦術である。どのようにしたら女性をナンパすることができるのかという目標に、ナンパ師はひたすら忠実なのである。

一方、私はなぜか演技か素かの二項対立にこだわってしまっている。ナンパ師のようにわりきれていない。

これは一体何故なのだろう?

メールのやり取りをしていてひとつ気付いたことがある。

その気になれば私は、自分自身のどんな言動にも、演技か素かの二項対立の枠組みをあてはめて、悩むことができてしまうのである。

滑稽である。

私は、絶えず自分自身をこの不健康な二項対立の枠組みのもとで監視している。

「俺は演技していないか? 本心を隠していないか? 嘘をついてはいないか?」

絶えず内省している。

病的である。非常に病的である。

どうして私は病的なのだろう?

そう思った私は、自分自身が育った環境に思いをはせてみた。私はどのようなコミュニケーションを身近な他者と行い、そのパターンを覚えていったのであろう。このような観点に基づき、遠い過去に思いをはせてみた。

いろいろと思い出せることがある。

その身近な他者は、私が物心ついた頃から、いつも不機嫌だった。

その他者はことあるごとに私を尋問し、私に自白を迫った。

例えばこんな具合である。

====

■本当のことを言え

他者:「お前は今俺のことをハゲだと思って目をそらしただろう?」
私:「?」
他者:「嘘をつくなよ。お前は俺のことをハゲだと思っただろう?」
私:「そんなこと思っていないよ。」
他者:「嘘をつくな。嘘をつくと怒るぞ。本当のことを言え。」
私:「だから嘘じゃないって」
他者:「嘘をつくな!(ビンタが飛ぶ)」
私:「えーん(涙)」
他者:「正直に言え。今お前は俺から目をそらしただろう? 俺がハゲだから目をそらしたのだろう?」
私:「そんなことは考えてない!」
他者:「嘘をつくな!(ビンタが飛ぶ)」
私:「うぇーん(大泣)」
他者:「もう一度聞く。お前は俺を無視しただろう? ハゲだから目をそらしただろう?」
私:「…「はい」って言えばいいんでしょ? 正直に答えてもどうせまた疑うんでしょう?」
他者:「なんだその態度は!(ビンタが飛ぶ)」
私:「あああああああううう(大泣き)」
他者「俺のことを無視しただろう? さあ本当のことを正直に言え!」
私:「うぅうぅうぅうぅ(=嘘をついて「はい」と答えればビンタされるし、正直に「いいえ」と答えても結局ビンタされるし、どうしようどうしようどうしよう…)。」
他者:「黙ってちゃ分からんだろう! 本当のことを言え!!(手を振り上げる)」
私:「うぅぅぅあああああ(超大泣き)!!!」
他者:「どうした!! お前は口が聞けないのか!! 本当のことを言え!!」
私:「ああああああああああああああ(とにかく涙)!!!!」
他者:「お前が本当のことを言うまで、絶対に許さないからな。」

====

これは私が小学校1年生か2年生の頃の記憶である。このような尋問をされたことは一度や二度ではない。他にも同様のケースをいくらでも提示することができる。幼稚園に通っていたころから、私はこのような尋問を受け、本当のことを正直に話すよう強制された。

そして結局叩かれた。

そう。私が演技か素かの二項対立を意識し始めたのは小学5年生の頃だったと思う。バレンタイデーのチョコレートをめぐり、好きでもない男子生徒にチョコをあげる女子生徒に対し、激しく反発したのを覚えている。

定義上、2月14日にチョコを女性が男性にあげる場合、その女性はその男性を好いていなければならない。しかし当時の教室では、義理チョコという謎の存在を配ることがはやっていた。私はその現象に我慢がならなかったのである。

私はいやな小学生だった。

ずいぶんと昔から、私は演技か素かの二項対立にこだわっている。

身近な他者に強要されたコミュニケーションのパターンにめでたく順応した結果、絶えず「俺(orお前)は嘘を付いていないか? 本当のことを言っているのか?」と問いただす癖を、私は身につけてしまったのではないか?

なにも私は、過去約15年間にわたって私に尋問を強いた身近な他者を、非難しているのではない。

自分が演技か素かの二項対立に異常にこだわってしまう原因を突き止めたいのである。ただそれだけなのだ。

ただし、もしもあの当時の尋問の行われていた場所が、日本ではなくアメリカであったなら、私は迷うことなくその身近な他者を銃で撃ち殺すか、もしくは自分で自分を撃ち殺していたであろう。このことは断言できる。

自分自身の性癖をめぐる私の読みは、間違っているかもしれない。コミュニケーションのパターンを身につける機会は、特定のひとりの身近な他者との間だけに限定されているのではない。他にも他者は周りにいたはずだ。

とはいえ私は学校と家に行く以外は外出を許されることが少なかったのは確かだ。なかば軟禁されるようにして、上記に描写したような尋問生活を私は生きざるをえなかったともいえる。

ナンパ師は、動物行動学者だった。

どういう位置からどういう距離を置いて、どういう調子でどういう音を発音すれば、女性を喜ばせ興奮させ、彼女の警戒心を解くことができるのか、仮説を立てて検証し、明らかにしていた。そこでは、演技か素かの二項対立の図式は意識されていない。

ナンパ師を責めるのはやめよう。過度に演技か素かの二項対立に私がこだわりすぎるのだ。過去に私を尋問した身近な他者を責めるつもりもない。彼は彼で大変だったのだ。

私はいい女をゲットするために、様々な言動を駆使することによって、これからは堂々とナンパをしようと思う。

「演技・嘘・建前/素・本当・本音」の二項対立から、少しは自由になれたような気がする。

そのきっかけを与えてくれたナンパ師や人類学者に感謝したい。

どうもありがとう。