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三線練習会

散歩 カラオケ

兄と弟が荒川で三線を弾く。

19、20の頃は、とにかく人が怖くてしょうがなく、そんな自分を治したいがために、いろいろなことに取り組んだ。旅や人類学は、その取り組みのひとつだった。「どうやって食っていくか。どんな仕事に就くか」ということよりも、「他人を前にしたときの恐怖を取り除くこと」が最重要課題になっていた。将来のことなど全く考えることができず、ただただ自分を治す方法を探し求め行動した。だからこそ、ある一定の方向に動くことができた。とにかく、19、20の頃は、対人恐怖を克服することを念頭において旅やサークル活動に関わり、かつ、大学院に進学するための勉強や情報収集に集中した。

などということを、進路に悩んでいる19歳の弟に、27歳の兄が話した。

弟は可能性に溢れすぎている。外見、身体能力、頭脳。すべての面において弟は兄より優れている。しかし弟は才能に溢れる余り、これから進むべき方向を決めきれずにいる。歌手、俳優、英語を生かした仕事等。なんでもできそうに思えるからこそ、あまりの選択肢の多さに戸惑ってしまい、動けなくなっているように思える。

贅沢な悩みといえば、まさにそうだともいえる。

しかし、なんでも自分で考えて自分で選び取っていくことは、結構しんどい作業ではないか。

自由は不自由なのだ。それでいいのだ。現在のお前の状態は、至極人間らしい。よく考えている証拠だ。頭を使っている証拠だ。自分ですべて考えて判断し、行動しなければならないのは苦しい。人はある程度縛られていたほうがよりよく生きられるのかもしれない。昔、フロムという社会学*1がいて、あ、社会学者っつーのは、社会学という学問を専門にしている研究者のことなんだけどもね、そのフロムって人がね、『自由からの逃走』っつー本で、ナチスに傾倒していった当時のドイツ人について分析していて、「人々は自由すぎたからこそ縛るものを求めた。自由に耐え切れず己を縛るものを求めた。」ってなことを言ってて、だからお前の悩みは人類に普遍的な悩みなのだ。

などと兄は弟に、どうでもいい知識を吹き込んだ。

そして、次のようなことを付け足した。

貧乏だったら、生きていくために必要な賃金を稼ぐことに、人の目はむくだろう。仕事を得るために勉強するだろう。我々の父親がそうだったように。しかしお前は貧乏ではない。親に離縁されない限り、生活に困ることはない。だからお前は、「どっかに就職しなきゃ」とリアルに思うことができない。けっしてあせることができない。これはつらい。ある意味これは不幸だ。ぬるま湯だ。

だから今は、強度を求めたほうがいい。「これをしているときがとっても幸せ!」と思える何かを見つけたほうがいい。もしも既にその何かを知っているのなら、躊躇せずにそれに関わってそれに没頭しろ。そして25ぐらいまでに、それを仕事としてやっていく覚悟をきめろ。25ぐらいのときに、それを仕事にしていくことは無理そうだと分かったならば、なんでもいいから仕事に就け。板前でもいいし、バーテンダーでもいいし、とにかくなんらかの技能が身につく仕事で、一定の収入が見込める仕事ならばなんでもいい。定職に就け。ある程度年齢が高くなってしまうと、未経験者お断りの仕事が増える。フリーターの身分になって、都合よく企業に使い捨てられるような危険な生き方は避けて*2、25ぐらいには、とにかく定職に就いたほうがいい。

今は、働くことに対するリアリティがなくても、いずれ嫌でもそれは持たざるを得なくなる。親はいつか死ぬ。だからその前に、自分で食っていけるようになっておく必要がある。ところで、仕事といえば、介護関係の仕事がおすすめだ。理学療法士とかもいいかも。高齢化社会の日本でならば、どこに行っても仕事はあるはず。専門学校に行けばなれるよ。

25で定職に就いた兄は、日本という狭い地域でのみ通用することしか話せない。より正確に言うならば、自分のことしか話せない。

確実に弟のこれからに影響を与えてしまうからこそ、弟にとって良きことを兄は言いたいのだが、「自分の話したこと」が弟にとって本当に良きことなのかどうか、実は兄は判断することができない。

なぜなら兄は、どうすることが良きことなのかどうかを判断する為の絶対的な基準を、持ち合わせていないからである。

結局兄も、弟と同じで、迷っているのであった。

*1:miirakansu氏によると、フロムは社会学者ではなく社会心理学者とのことでした。社会(←って何だ?)について研究している人は、社会学者と呼んでいいだろうと思っていたのですが、社会学者と社会心理学者は明確に異なるようです。どう異なるのかについてはよく分からないのですが、ご指摘どうもありがとうございます☆ ところで、もしよければ、miirakansuが「フロムは社会学者ではなく社会心理学者である」と断言できる根拠を教えてくれませんか? フロム本人が社会心理学者を自称しているのでしょうか? それとも、フロムが取得した学位名が社会心理学なのでしょうか? ↓miirakansu氏によるご指摘↓ http://megalodon.jp/?url=http://www.geocities.jp/miirakansu/index.html&date=20060930211410             ↓miirakansu氏が応答して下さいました。どうもありがとうございます。結局、フロムは何者なのでしょうね。「どっちでもいいのでは…。論文の内容にしか関心ないし」と思いつつも、「誰がどのようにして誰かを○○学者としてカテゴライズしていくのだろう?」という疑問が私にはあります。ちなみに、私は修士社会学)を持っていますが、自分のことを社会学者とは認知しておりません。なんとなく人類学者として認知しております。これもなぜでしょうか。よく考えてみると不思議です。さらに言うならば、私は自分を日本人とは認知しておらず、沖縄人として認知したりしなかったりしていますが、これも不思議な現象です。http://megalodon.jp/?url=http://www.geocities.jp/miirakansu/index.html&date=20061002032439

*2:もちろん、フリーターが非人間的な待遇に置かれてよいわけがない。収入の安定した正社員になることを誰もが望むような現在の状況は、変革されてしかるべきである。