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プロジェクト5・アートと民族誌

人類学 イベント

今日はこれを見に行きます。

「プロジェクト5・アートと民族誌」

会場は、家から歩いて約5分。

感想

ヲダさんが熱かった。見習いたいと思う。

どこがどういう風に熱かったのか? ヲダさん曰く、「アートは、アラート(=警報)である。」

ヲダさんはひとしきり、ポリティカルアートと呼ばれる一連の作品群について語った。その代表的な芸術家としてバンクシーという人物をヲダさんは取り上げ、彼を現代における本物の芸術家として評価した。

そしてヲダさんは、芸大生の作品について次のように述べた。

「もちろんいい作品もありました。しかし、芸大の学生の作品はおとなしすぎる。どうしたんだ!全然警報鳴っていないぞと思いました。自分は、そのこと自体を警報として受け取りました。」

「お。なんか穿ったこと言っているのでは」と思わせるような、やや論理階型を小粋にずらした発言であるが、これは芸大生に対する痛烈な批判だ。芸大生に対する「お前ら本当に芸術家か?」というヲダさんの怒りを、私は一番前の席でひしひしと感じた。

しかし、もしも芸大の学生たちが、ポリティカルアートを全く念頭に置かずに、つまり、ポリティカルアートをしようとは全く意図せずに、それぞれが抱くアート観にしたがって作品を作ったならば、ヲダさんによる熱い批判は、芸大生の心に響かないのではないかと、私は少し心配になった。

とはいえ、芸術と全く関係のない私でさえ、ヲダさんのメッセージに何かを感じたのだから、芸大の学生も何かを感じていたのではないかと思う*1

最後にヲダさんは、新教育基本法が可決されたときの国会と、その外で行われていた反対デモの映像をおしゃれにミックスした動画を人々に披露した。最後のほうの終わり方が、とてもクールだった。あの間合いに、私は芸術を感じた。どこかで完成版が公開されることを、私は強く希望する。

あっ松本さんだ!

講義の途中でヲダさんが「面白いですよ」と紹介してくれた動画に、「三人デモ」というものがあった。

なんかどっかで見たことがある人だなあと思って見ていたら、やっぱり知っている人が「三人デモ」のメンバーの一人だった。

「三人デモ」の、おそらく首謀者である松本さんという方*2。私はこの人に、法政大学でお世話になったことがある。あれは確か20か21の頃だったろうか*3。法政大学に泊まれる場所はないですか?と、急にぶしつけにサークル棟に現れた、見ず知らずの胡散臭い私に、寝袋と一夜の宿を快く恵んでくれたのが松本さんだった。話は深夜にまで及び、「おおこんな面白い人もいるのか!」と感動したのを覚えている。

そのとき、とても疑問に思うことがあった。「どうして松本さんはこんなにも過激なのだろう?どうしてそこまで体制(当時は大学当局)に怒ることができるのだろう?」というのがそれである*4

就職しフルタイムで会社員として働くようになってから、松本さんが過激になれる理由はともかく、私は松本さんと同じぐらいかあるいはそれ以上に怒ることができる自分を、発見することはできた。

我々はもっと怒っていいと思う。もっと快楽を得るべく、気持ちよくなるために、怒りを原動力にして、着実に何かを変えていこうとすべきだ。

「すべきだ」というよりも、私自身がそうしたい。壁を殴りたくなるほど、自分が体制に対して怒ることができることを、私は社会人になって初めて知った。それまではどこか他人事でしかなかったのだ。完璧に対岸の火事だった。松本さんのように、過激に派手に怒ることはできないとしても、怒るべきところで私はちゃんと怒りたい*5

追記

毛利先生もしっかり松本さんに注目している。

リサイクルの哲学

おお。バンクシーについても毛利先生が文章書いているよ。

お騒がせ、バンクシ−!

芸術は、私が全く知らない世界だ。私は芸術という分野に関して知識がない。せっかく芸大が近所にきたので、ちょくちょく遊びに行こうと思う。

東京藝術大学 音楽学部 音楽環境創造科

*1:できれば、何を感じたのかその場で芸大の学生に発言して欲しかった。ところで、それがヲダさんへの反応なのかどうかは判別できなかったのだけれども、ヲダさんの次にマイクを手にした毛利先生が、「アートというのは、私は70年代で終わったと考えてます。我々はその、既に死んでしまったアートの残骸あるいはゾンビを、それがまだ生きているかのよう持ち上げているだけではないのか。芸大という場所にいながらも、私にはそのような思いがあります。」と語ったときにはびっくりした。「アートはアラートだ」の次は、「アートは死んだ」である。どういうことなのだろう。今度毛利先生に会ったときに質問してみたい。

*2:現在は、高円寺にいるらしい。いつかまたお話してみたい。http://www.zenshoren.or.jp/chiiki/syotengai/050926/050926.htm

*3:なんかこういうネタが多いね最近。旅に出ないでいると、やたら昔の旅のことが思い出されるのだろうか。

*4:他にもある。「どうしてこの人は「そろそろ就職しなきゃ」とあせらないのだろう?」「周囲が就職に備えて技能をつけたり、資格を取ったりしているのに、この人はなんでずっと大学にいて、毎日学園祭もどきのことをしていられるのだろう?」「どうして私はこの人のように生きていないのだろう?」「このままでは駄目だ。もっと自分に市場価値をつけねば。企業が必要とする人材にならなければと、どうして私は思い込んでいるのだろう?」

*5:その見極めが難しいのではあるが。怒りをいつどこでどのようにどのような形でぶちまけたらいいのか。これがまだ私は分かっていない。無計画に怒るだけでは、自分と周囲が不利益を蒙るだけだろう。