パワーブレンド

様々な人から、一度はそこに行くことを勧められていたので、会社帰りに南千住で途中下車した。しばらく通りをふらふらとさまよう。

「あの〜道をお尋ねしたいんですが、この近所に、催眠術を使うたこ焼き屋さんをご存知ですか?」

酒屋の親父はすぐに教えてくれた。

「ああ。あの変なたこ焼き屋ね。ほら、あそこに松竹って店があるだろう。あそこの左に道があるから、そこをまっすぐ行って右。」

たこ焼きは8個で350円。既に各種メディアで取り上げられているらしく、店内の壁にはモー娘やカトゥーン?とかいうジャニーズ系の写真入り記事が張られている。

店には、親子連れや高校生たちが、次々に寄っていく。結構人気のお店のようだ。

催眠術でたこ焼きの味が変わる。特に不思議はことではない。毎日毎日、偽薬で症状が(ある程度)改善してしまう現象を目の当たりにしている私にとって、たこ焼きの味が言葉で変わることぐらい、不思議の範疇には入らない。特に驚くべきことではない。よくあることだ。

私が知りたいのは、そのような現象の引き起こし方である。すなわち技術のほうである。どのようにしてたこ焼き屋の主は、客の味覚を変化させているのか。そのノウハウを私は知りたかった。

結論から言えば、主のテクニックは次のようなものであった。

■例、たこ焼きの味を「あっさり」に変化させる場合

1、客に、たこ焼きを小皿へ一つだけ盛らせて、それを机に置かせる。
2、その小皿を右手で指差し、なにかごにょごにょ唱えつつ、くるくると指を回す。
3、そして最後に、パチンと指を鳴らし(なかなかいい音)、「はい。あっさりになった。」と宣言する。

「元味」→「こってり」→「くりーみー」という順番で、たこ焼きの味を変えてもらい、さらに、「坂本竜馬味」そしてついには「重森味」を試す。

肝心の味についてだが、たこ焼きの味を楽しむことによりも、店の主の言動に集中していたからであろうか、味の変化について、私はそれを感知することができなかった。「こってり」と宣言されようが、「あっさり」と宣言されようが、口の中のたこ焼きは、相変わらず美味しいたこ焼きでしかなかった。

「感度が人によって違うから、感度の低い人には味は分からない…。」

黙々とたこ焼きを食べ続ける私に、主が静かに言った。

おそらく、入り込もうと思えば入り込めるのだろう。

しかし今は、入り込むことよりも、入り込ませる技術を盗むことに専念しなければ。私は主の動きに神経を集中させる。

そうこうしているうちに、たこ焼きを私はすべて平らげてしまった。口当たりジューシーな美味しいたこ焼きである。なぜ主は、このままでも十分売れそうなたこ焼きの味を、変化させようと思ったのか。

私は、思い切って、主に話しかけてみた。

重森:「ごちそうさまでした。たこ焼きとても美味しかったです。あの、いつ頃からたこ焼きに催眠をかけて売っているんですか?」

主:「…20年ぐらいになるかなあ。」

重森:「20年! ずいぶん前からなんですね…。あの、味を変えるだけでなく、病気が治ったり、運勢が良くなったりするようなたこ焼きも販売したら、売れると思いますよ。」

主:「…はは。病気。以前はやっていたこともあるよ…。でもね、大変なんだよ。」

重森:「病気を治すのは、こちらも体力を消耗するということですか?」

主:「そう。別のところで病気治しをしていたこともあるんだけど、あれは疲れる。病気というのは、心が原因だから。マイナスのエネルギーがたまるとなるものだから。心を強くしなければ治らない。自分で治してくれって思うよ。まえに、病気を治してくれってプロレスラーの人が来たりして、あのときは困ったなあ。」

重森:「病気を治すときは、手かざしですか?」

主:「うん。手かざし。」

重森:「確かに手かざしで病気を治すのは、疲れると思います。」

主:「…病気というのは、心にたまる負のエネルギーが原因だからね。それがたまっている人は、悪いものと波長があってしまって、引き寄せちゃうんだよ。」

重森:「?悪いものって、たとえば霊とかですか?」

主:「そう。開かずの踏み切りとかあるでしょ? ああいうのの周辺って、自縛霊が多いんだよね。心がマイナスのときは、そういうのが集まってきちゃうんだよ。」

重森:「幽霊が見えるんですか?」

主:「うん。見えるよ。」

重森:「ぼやっと?」

主:「見えるときは、はっきり見えるよ…。でもあんなの見えなくてもいいよ。何の役にもたたんし…」

店の前には小学校がある。さっきから子供たちがひっきりなしに通り過ぎていく。

こども達は、この風変わりな店のことを、ずっと覚えているに違いない。同窓会かなにかで集まったときに、思い出されるのだろう。きっと懐かしさとともに。

店の主は、押し付けがましくなく、穏やかな人であった。「ここが、この地域の人々にとって、いい意味でも悪い意味でも、世間的な価値観とは異なる価値観が存在するアジール的な場であればいいな」と私は思った。

「すいませーん。たこ焼きを「あっさり」にしてくださーい」

7名くらいの高校生の男女グループが、お持ち帰り窓口に立ち、たこ焼きの味のチェンジを、主にお願いした。主は気負うことなく、ごにょごにょ言いながら、またパチンと指を鳴らした。

「ごちそうさまでした。」

主について知りたいことはまだまだあったが、店が騒がしくなってきたので、私は店を後にした。