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トランスフォーマー

映像マニアの友人に誘われ、映画『トランスフォーマー』を新宿まで見に行った。

気になる点がいくつか。

  1. 「犠牲なくして勝利無し」というセリフを、主人公やその仲間がことあるごとに口にする。
  2. 中東にいる米軍兵士が地元のアラブ系の少年と仲良し、という設定が胡散臭い。わざとらしくそのような風景が描かれている。
  3. うっかり会話中にスペイン語を話してしまう幾人かの米軍兵士に対して、他の兵士が「英語をしゃべれ」といらついたように言う場面がちらほら。いらついたように「英語をしゃべれ」と言う兵士と、そのように言われた兵士のやりとりには、「パターン化されたコント」のような面白おかしい雰囲気が漂う。これは何を意味しているのだろう? 米軍兵士の中には、メスティソが多く含まれているということだろうか? つまり、現実の米軍は、メスティソ系の貧しい若者によって構成されているため、映画の内容がこの事実に一致させられているということであろうか?

以上の気付きにより、いつしか私はこの映画を、「米軍を良いものとして子どもたちに印象付けるためのプロパガンダ映画」として警戒し始めた。『トランスフォーマー』は、米国の多くの子ども達によって鑑賞されるに違いない。「犠牲なくして勝利無し」というセリフは、子ども達の脳にサブリミナル的に焼き付くのではないか。そして、「米軍=格好いい」あるいは「米軍=そんなに悪いものでもない」という単純な図式も、子ども達に埋め込まれてしまうのではないか。

などと、いろいろブツブツ考えつつ映画を見ているうちに、映画は終わった。ストーリー的には特に面白いところはない。悪い奴らが来た。正義の味方も来た。米軍兵士と少年と正義の味方が力を合わせて悪い奴らをやっつけた。いわゆる勧善懲悪ものである。

そして、エンディングで次の曲が流れた時、私は確信した。映画『トランスフォーマー』は、米軍を、子どもを含む全ての人間に、格好良く印象付けるための、あるいは、米軍はそんなに悪いものではないことを印象付けるための、プロパガンダ映画であると。


リンキンパークは、私の好きな団体のひとつである。カラオケで私は彼らの曲をよく歌う。上記の曲「What I have done」も、私の好きな曲のひとつである。

この曲のPVでは、湾岸戦争時の映像や、ベトナム戦争の映像や、核実験のような映像が現れる。そして、この曲のサビは、「forgiving What I have done」。つまり、「私がしてきたことを許す」である。

まるで、「米国がこれまで犯してきた残虐行為を許す」と言わんばかりではないだろうか?

いや。もちろん、PVでは、米国が犯した罪以外の映像も登場している。例えば、ヒトラーの映像や、KKKの映像や、毛沢東の映像なども登場する。実際、リンキンパークは、米国が犯した罪だけではなく、全人類が犯した罪に対する許しについて歌っているのだと私は思う。この歌は米軍のみに焦点をあてた歌ではない。

しかしだからこそ、この曲は、米軍兵士が格好よく描かれた『トランスフォーマー』と一緒に提示されてしまうと、「米国以外の国の人々がこれまで犯してきた罪だけではなく、米国の残虐な行為も許されていい」というような印象を、聞き手に与えるのではないかと思うのである。

我ながら、考えすぎだと思う*1

ところで、映画『トランスフォーマー』がプロパガンダ映画かどうかはさておき、リンキンパークの曲についてだが、「forgiving What I have done」という決断に対して、私は「絶対に認めない」と、つとめて思うことにしたい。

そして、このように上からリンキンパークを断罪できるほど、自分自身もそれほど潔白ではないことも、忘れないようにしたいと思う*2

*1:映画『トランスフォーマー』のエンディングでは、この曲のPVはスクリーンに流れない。なので、やっぱり私は考えすぎだと思う。映画鑑賞者には、リンキンパークの「私がこれまでしてきたことを許す」というメッセージは伝わるが、具体的に何を許してくれと言っているのかは伝わらない。従って、米国や米軍の犯した罪は許されていいというメッセージが、観客に伝わることはないと思う(本当か? 「米軍の映像」と「forgiving What I have done」という歌詞を同時に提示するだけで、人々は容易く、「米軍が犯した行為を許す」というセリフを想起し、これに影響されてしまうのではないか?)。

*2:満員電車内で、「体当たり」や「睨みによる心理的圧迫」を他の客にしかけて、自分の空間を強引に確保する私は、明らかに罪人である。遠く離れた島に米軍基地を追いやった張本人ではないにしても、その米軍基地によって維持される「平和」を当たり前のように享受して、このこと自体を忘却し、「基地問題?なにそれ?俺とは全く関係ない。あなたはあなた。わたしはわたし。主義主張をこっちに押し付けないでよね。運動?真面目くさいキモい野郎がやるもんだろうそれ。かっこわりー。これから仕事なのでそれでは。こっちはこっちでやることあって忙しいんだよ。」と居直る私は、明らかに罪人である。