手打ちそば処たかはし

一週間ぶりの土曜日である。金曜の深夜に洗濯物を干した重森は、こことぞばかりに惰眠を貪っていた。寒いので、いつまでも寝ていたい。

「う〜ん眠い。ずっとこのまま寝ていたい…。だけど、たかはしさんの蕎麦が食べたい…。」

睡眠という快楽に溺れながらも重森は、別の欲望に突き動かされる形で、かろうじて13時すぎに起床した。『手打ちそば処たかはし』の午前の部の営業時間(11:00〜14:00)を気にした結果である。

シャワーを浴び、髪をドライヤーで乾かす。厚手のジャケットを着込み、家を出る。路地の細い道に分け入り、目的地に辿り着いた。目覚めてから、まだ20分も経っていない。

「あ。この間はどうもありがとうございました。お土産美味しかったです。」

店に入るなり、たかはしさんにお礼を言われる。1月上旬の土曜日に、タンナファクルーというお菓子を帰省土産として重森は、たかはしさんに贈呈した。たかはしさんはこの贈与に対するお礼を述べたのである。

実は、この贈与には経緯がある。タンナファクルーをたかはしさんに贈与する以前に重森は、ドラゴンフルーツという果物をたかはしさんからいただいた。つまり、重森がたかはしさんに差し上げたタンナファクルーは、ドラゴンフルーツというたかはしさんからの贈与に対する贈与だったのである。

「すいません、今日は田舎が切れてて…、更級しかないんです。」

申し訳なさそうにたかはしさんが言う。毎週土曜に重森は、その歯ごたえが非常に魅力的な田舎そば(650円)を、いつもここで食べている。

「あ。それでは更科でお願いします…。」

5分と経たずに、すぐに蕎麦が運ばれてきた。見ると、何故かてんぷらの小皿が付いている。「?」という表情を浮かべ、小皿を眺める重森。たかはしさんが調理場から顔を出して言う。

「水菜と穴子のてんぷら作ってみたので、もしよければどうぞ。」

またも重森は、贈与を受けてしまったようである。