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『フツーの仕事がしたい』の感想

『フツーの仕事がしたい』を見た。*1

以下、簡単な感想を列挙する。

ユニオンの人たちの心強さと彼らに対する違和感

ユニオンの人たちは心強い。しかし、「人殺し!」「何考えてんですか?」と企業側に詰め寄るその仕方がなかなか恐ろしく危険な迫力に満ちていて、私は、ユニオンの人たちの所作に違和感を持った。この違和感は、「敵に自らが似てしまうこと」に対する危機感に根ざしていると思われる。

もちろん、このような私の感想は、「悠長なもの、恵まれた者が抱くもの」であることはよく自覚している。実際にフコックスや大阪住友セメント等の企業側は「人殺し」であり、「何考えてんのか分からないほど理不尽」なのであるから。40度の熱を出している社員を「有給取ったらクビ」と脅して運送業務に従事させ、横転事故で死亡させたり、そして、このドキュメンタリー映画の主人公である皆倉さんを月500時間を越える長時間労働で酷使しているのだから。

私は甘いと言わざるを得ない。ヤクザまがいの企業側の人間に恫喝され、暴力を振るわれても、決してユニオンの人たちは腕力に訴えようとはしない。あくまで口で闘う。命懸けで相手に異議申し立てを行う。ただ単に口調が荒いだけである。物理的な暴力を振るわないのであれば、それだけで十分に紳士的ではないか。 

私は常日頃から、声を荒げたり、恐ろしい顔をしたりして、会社の上司や同僚と対峙するのを努めて控えているが、このような私は優しすぎるのかもしれない。「理不尽だ。」と感じたら、上品ぶるのはやめにして、命懸けで文句を言えるようにならなければ。

「フツーの仕事」とは何か?

『フツーの仕事がしたい』の主人公皆倉さんは、「フツーの仕事」について、確か次のように語っていた。「だいたい夕方まで働いて、もしも残業すれば残業代が出て、社会保険に加入できていて…」

おそらく、皆倉さんは、一日の労働時間が、9時から17時までの約7時間であり、残業代も適切に支給され、保険にも加入できているような、所謂「合法的労働環境・労働条件」のことを、「フツーの仕事」とみなしていると思われる。

納得する反面、私は次のような疑問を持った。「現在の日本における労働のあり方が、たとえ合法的であったとしても、世界における様々な労働のあり方と比較した場合、はたして「フツー」と言えるのだろうか?」 

たとえば、オランダではワークシェアリングという働き方が存在している。また、フランス等の欧米諸国では、1ヶ月以上の長期休暇の取得が当たり前だという。更に言うならば、オセアニア等の狩猟採集的な生き方が現在も実践されている地域では、そもそも「労働」や「仕事」に該当する行為が存在するのかどうかも不明である。「労働」や「仕事」という言葉さえ存在しないかもれしない。日本における「労働」や「仕事」と似たような概念がたとえ存在していたとしても、「遊び」や「余暇」などと区別不能な仕方で存在しており、海にフラッと歩いていって、浅瀬にいるタコや貝などを採集したり、山に自生しているヤムイモを掘って収穫したりして一日を過ごしている人々は、日本における我々とは異なる仕方で「労働」や「仕事」を経験しているのかもしれない(あるいは、経験していないかもしれない)。

このようなことを考慮すると、『フツーの仕事がしたい』における「フツー」は、今後もその意味を徹底して掘り下げて探求していくべき、重要なテーマであるように思われる。

ユニオンの人たちの生態

皆倉さんが助けを求めたユニオンの人たちの過去が知りたい。彼らはどのような経歴の持ち主なのだろうか。そして、どうして彼らはユニオンに身を置いているのだろうか。そもそもユニオンはどのような組織なのだろうか。どのようにして運営されているのだろうか。ユニオンの人たちには本業があり、本業の合間にユニオンの活動をしているのだろうか。それとも彼らはユニオン業務を専門にして生きているのだろうか。

ユニオンという組織そのものと、そこにいる人たちに興味を持った。

*1:あらすじは次のリンク先を参照のこと。http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000150809250002 http://www.mdsweb.jp/doc/1054/1054_08z.html