メタダブルバインド問題─ダブルバインドについてのダブルバインド
ベイトソンは、論文「精神分裂病の理論化に向けて」において、ダブルバインドを構成する必要要件として、次の要件を明記している。(ベイトソン 2000:294-295)
- 第一次の禁止命令
- より抽象的なレベルで第一次命令と衝突する第二次の禁止命令
上記の2は、いわゆるメタメッセージである。2は1のメッセージに対するメッセージである。少なくともベイトソンは上記論文においてこのように述べている。
しかしベイトソンは、ダブルバインドについて次のようにも述べている。
この事実が示しているのは、錯乱的行動を生成しようとするなら、その準備として、犬にある学習2をさせておかなくてはならないということのようである。実験の順を追ってみよう。まず最初に、「これは識別のコンテクストだ」というメッセージが犬に伝えられる。そして問題の難度がアップしていくごとに、そのメッセージが強調されていく。ところが、”問題”が識別不能の段階に達したところで、コンテクストの構造は一変する。犬が状況判断のよるべとするコンテクスト・マーカー(ラボ特有の臭いや、実験中の拘束ベルト)が、自分を欺くためのものでしかなくなってしまう、そういう状況が現われるのだ。この実験シークェンス全体が、学習2のレベルでの誤りに、犬を巧妙に誘導する仕掛けになっているのである。
わたしはこれを、犬が典型的な「ダブルバインド」状況に置かれた、という言い方で捉えている。この状況は分裂症生成的である。(ベイトソン 2000:405)
上記の「神経症生成実験」では、実験室で円と楕円を区別するよう訓練された犬が、円とも楕円とも言い難い図形を提示された結果、課題を達成することができずに、精神的混乱の症状を示すという。
では、この実験において、ベイトソンがダブルバインドの必要要件として挙げた「第一次の禁止命令」と「より抽象的なレベルで第一次命令と衝突する第二次の禁止命令」は、どこに見出せるのであろうか?
残念ながら私は、上記の事例の中に、「第一次の禁止命令」と「より抽象的なレベルで第一次命令と衝突する第二次の禁止命令」を見つけることができない。なぜベイトソンは彼自身が行ったダブルバインドの定義(「第一次の禁止命令」と「より抽象的なレベルで第一次命令と衝突する第二次の禁止命令」が登場すること)から逸脱した上記のような状況をも、ダブルバインドと呼ぶのであろうか?
もしかしたらベイトソンは、ダブルバインドを「葛藤状態。二律背反状態。矛盾に苦しむ状況。」という素朴な意味で使用しているのであろうか?
私はこれまで、なんらかの状況をダブルバインドと呼ぶためには、「第一次の禁止命令」と「より抽象的なレベルで第一次命令と衝突する第二次の禁止命令」が必須であると考えていた。そのため、これらの要素の欠落した状況について、ダブルバインドという言葉を持ち出す人々を訝しく思っていた。「この人達は、ベイトソンのダブルバインドの定義をちゃんと把握していないのだろうか?」と疑った。
しかし、当の私自身が、ベイトソンのダブルバインドを十分に理解できていないようである。
誠に恥ずかしい限りである。