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<もやい>から『事業報告書(2008年度暫定版)』が届く

労働問題

私はNPO法人自立生活サポートセンター・もやいのサポーター会員である。

先日、『事業報告書(2008年度暫定版)』なるものが、<もやい>から送付されてきた。67ページに渡る詳細な報告書であり、「中長期的な活動の目標および体制の変化」の報告が目的とされている。報告書は以下の章から成る。

  1. 第1章 事業報告
    1. <もやい>入居支援事業利用者のデータ報告
    2. 生活相談の現況
    3. 交流事業
  2. 第2章 行政への提言
  3. 第3章 会計報告
    1. 株式会社リプラスの破産と緊急カンパキャンペーン報告
    2. '07決算書・'08予算書
  4. 第4章 新聞記事

私の関心を最も引いたのは、第1章の11ページに記載されていた「皆様へのお願い 新たな相談窓口を作ってください!!!」という文章であった。

皆様へのお願い 新たな相談窓口を作ってください!!!

製造業派遣・請負による解雇が40万人に上ると言われる中、生活に困窮し<もやい>に相談に来られる方が激増しています。

相談件数は昨年10月以来増え続けて来ましたが、今年に入り、更に跳ね上がりました。2009年2月現在、毎週火曜日の相談日には20〜30人の方々が<もやい>に押し寄せ、電話は11時〜21時まで鳴りっぱなし、予約面談の方の他、所持金130円という方や何日も食べ物を食べていない方など、飛び込みの相談も多く、さらには<もやい>スタッフも倒れ始め、まさに<もやい>は野戦病院と化しています。

行政の対応は東京都と23区共同設置の「ホームレス緊急一時保護センター」が常に満床。ハローワークの貸付事業も当面の金銭的余裕のある人でなければ活用できず、困窮状態にある当事者が生きていく為には「生活保護」しか実質使える制度がありません。
しかし、多くの福祉事務所では未だに「施設が無い」等を口実に不当な対応が続けられ、第三者が窓口まで同行していく活動が必要とされています。

<もやい>では他団体とも連携して失業者への支援策拡大を訴えてきましたが想像を超える生活困窮者の激増というこの危機に対し、目の前のいのちを救う為には生活保護申請支援という活動をさらに広めていかねばならないと考えています。

現在、<もやい>は既にパンク状態にあります。また法律家の方々が中心になり、各地で生活保護申請支援の相談窓口を開設されていますが、どこも電話がかかりにくいのが現状です。今後、さらに増えると予想される生活困窮者に救いの手を差し伸べる為には、今ある相談窓口だけではとても足りません。
是非、新たな相談窓口を開設する、新たな支援団体を設立する等、生活困窮者一人ひとりの命を救う活動を、皆さんの地域でも今こそ始めてください!!!
いくつかのポイントを押さえれば難しい活動ではありません。ノウハウ・情報提供、活動アドバイス等<もやい>として協力出来ることは惜しみません。
皆様からのご連絡を心よりお待ちしております。よろしくお願いいたします。
                                                                             <もやい>スタッフ一同

私は<もやい>を、「もしも会社を解雇されて転職先が見つからなければ頼りたい場所。もしくは、会社を解雇されたら第二の職場としたい場所」として捉えていた。なんとなく、ゆったりとしていて、暖かくて、ユートピア的な場所として勝手に想像していた。

しかし、相談者の激増により、スタッフが倒れ始めていることが分かり、<もやい>もそれなりに過酷な場所であることを知った。

スタッフの方々が心配である。もしも<もやい>が過労死の発生する職場になってしまったら、他に私が理想とする職場が見当たらなくなる。アジールアジールでなくなる。なんとか無理なく仕事ができるように工夫してもらいたいものである。

上記のように<もやい>の野戦病院化について、あくまで他人事のように考えていた私であるが、「皆様へのお願い 新たな相談窓口を作ってください!!!」を最後まで読み終わると、私自身に出来ることは何かと考えざるを得なくなった。

「社会という大きな会社において我々は、仕事を分担して担当している」という見立てに沿って考えるならば、今の私にできる仕事とは一体何であろうか。会社の他のメンバーが倒れるほど働いているのを知ったならば、同じ会社の人間であれば、何らかの形でサポートして当然であろう。このように思考し、現在の私にできることは一体何かと頭を捻った。

『事業報告書(2008年度暫定版)』の第4章には、これまでなされてきた<もやい>に関する新聞報道記事が収められている。

東京新聞2008年3月31日付けの「都会の貧困(2)」という記事では、<もやい>の稲葉剛理事と湯浅誠事務局長の、<もやい>が法人化する以前の活動内容が触れられている。

東京都が始めた自立支援事業では、一時宿泊施設で半年を過ぎても仕事と住居を見つけられなければ、また路上に戻るしかなかった。「不動産屋を何十軒も回ったのに部屋を貸してくれない」「保証人がいないと駄目だって」。施設に入った元路上生活者と支援者の話し合いの場は、悲痛な声であふれ返った。
稲葉らが付き添い、福祉事務所に掛け合った。「保証人を行政で何とかして」。「私的な契約ですから」と職員。しゃくし定規な答えに業を煮やし、「おれたちが保証人になる」と二人が支援仲間に打ち明けると、一斉に反対された。「ホームレスへの保証人提供なんて一年でつぶれる」
「いざとなったら自己破産すればいい」と保証人を引き受け始めると、家賃を滞納したまま行方をくらます人や、風呂の水を止め忘れ、部屋を水浸しにする人も出た。大家からトラブルの連絡を受け、飛んでいって頭を下げる。寝付けない夜もあった。<中略>
二人が保証人を買って出てから半年ほどたったある日。「あなたたちの取り組みに心を動かされた。協力したい」。事務所に電話がかかってきた。
報道をきっかけに、全国から資金援助の申し出が殺到。事務所からの転送で稲葉の携帯電話は一日中鳴り続け、電池が切れた。<中略>
あれから七年。稲葉、湯浅が二人だけで始めた保証人の提供で、これまでに千三百世帯が「屋根のある暮らし」に戻っている。

「ホームレスの保証人になる」という行為*1を、えいやっとばかりに行ってしまう稲葉さんと湯浅さんは、ぶっとんでいると思う。

彼らはロックンローラーである。意表を付く偉大な作品を手がけた芸術家である。現実に風穴をあける「いっちまった人間」である。負けが濃厚な賭けにあえてのる強気なギャンブラーだ。

上記のような行動を取るには、ある種の狂気が必要だ。そんな彼らが行っているような仕事をすることは、私にはとてもできない。ノウハウやマニュアルが利用可能だとしても、「新たな相談窓口」を作ることは私には無理であろう。そんな度胸や時間や思いや器は私にはない。

「新たな相談窓口」を作ることはできないが、私は、現在の私に遂行可能な無理のない仕事を担当することにする。私は以下のことを仕事として行うことにする。

飲み会で支払うことが可能な金額の上限を、1ヶ月につき1万円に設定し、この金額を越えて飲み会が企画されたならば、飲み会には参加せず、この飲み会の会費分を、<もやい>に寄付する。

こうすれば、間接的ながらも私は、<もやい>の活動を手伝うことになるであろう。活動資金が増えれば、それを使って専門的な技能を持った弁護士や医者等の人間に援助を依頼したり、<もやい>における相談作業を手伝ってくれる人間を、アルバイトとして雇ったりできるはずである。

ややせせこましい仕事内容であるが、自分の身の丈にあった仕事を担当して、「誰もが排除されることなく、安心して暮らせる社会をつくっていく」というプロジェクトに、貢献できればよいと思う。

*1:記事によれば、当初は稲葉、湯浅2人だけだったが、その後「保証人バンク」が作られ、有志が登録して連帯保証人になる制度に発展したそうである。その後、<もやい>がNPO法人化した後の2006年からは、連帯保証人は法人となっているそうである。