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ユニオンエクスタシー

北千住駅前の広場で演説をする政治家を、何度か目にしたことがある。

政治家達の演説は、どれも熱意のこもった、真剣な演説のようであった。

しかし、政治家達が伝えたかったことを私は一切受け取れていない。演説の内容を、そのほんの一部でさえ覚えてない。駅前で演説している政治家がいたという記憶だけがある状態である。

演説を途中から聞いてしまうことが、このような事態を引き起こしていると考えられる。政治家達はそれなりに意義深いことを述べているのかもしれない。しかし、通勤途中の人々に何事かを訴えることができなければ、演説は失敗していると言わざるを得ないだろう。

常々私は、上記のように考えたうえで、「彼らに最も欠けているのは「耳に残りやすいフレーズ」と「存在としてのインパクト」ではないだろうか?」と考えていた。

もしも演説の目的が、「演説すること自体がもたらす快楽に耽ること」ではなく、(1)「他人に立ち止まってもらうこと」や(2)「他人に自分に興味を持ってもらうこと」であり、(1)と(2)の帰結として、(3)「他人に自分の話をきいてもらい、自分の活動に協力してもらうこと」が目されているのであれば、現在京都大学ストライキ活動を行っているユニオンエクスタシーの方々に、学ぶべきところが多くあるのではないかと私は考える。

芸能人が助っ人として選挙活動に借り出されたり、芸能人自身が政治家になったりする事例を持ち出すまでもなく、「人をひきつけられること」は、政治的な力の獲得を約束する。

まずはじめに私は、下記の映像を見て、ユニオンエクスタシーに強くひきつけられた。


被り物は特に重要ではない。注目すべきは、被り物を身にまとった男性の演説内に登場する素敵なフレーズである。「コーヒーで精神世界を語る」「五感を開いてみないかい」 これらのフレーズに私は非常にひきつけられた。

もちろん男性の話し方も独特で良い。「存在としてのインパクト」がある。また、BGMのお経(?)も良い。しかし、ここでは演説内で使用されるフレーズが最も素晴らしい*1

次に私は、下記の映像を見て、度肝を抜かれた。


「そして私のクビを切るな!」というフレーズが、耳にこびりついて離れない。

もちろん、「存在としてのインパクト」も指摘できる。ユニオンエクスタシーの踊り。そして全裸。どう考えてもインパクト大である。

ところで、演説という枠を外れてしまうが、ここではフレーズだけでなく、映像自体が人をひきつける魅力を備えたものとなっている。例えば、京大のバックに広がる青空。開放的でとても印象的である。そして、ドラム缶風呂騒動の後で、落ち着いた表情で訥々と語るユニオンエクスタシーの姿。ドラム缶風呂騒動中の破壊的な雰囲気とは対照的である。このギャップが観る者の胸を打つ*2

以上の経緯により、ユニオンエクスタシーのことが気にかかってしまった私は、彼らについて調べることを余儀なくされた。

調べた結果、毛利先生による下記の記事を見つけることができた。

http://blog.fujitv.co.jp/takeshi_diy/M200903.html

ユニオンエクスタシーは、ただの変態ではない。

そう私は確信した。

次に私は、彼らのサイトを訪れた。そして彼らの活動の趣旨を深く知ることとなった。

http://extasy07.exblog.jp/9670555/

もしも私が関西在住であれば、迷うことなく、彼らのテントを訪れると思う。

「人をひきつけられること」ができている点において、ユニオンエクスタシーの演説は、極めて高水準のものといえるのではないだろうか。

*1:ユニオンエクスタシーの方々とはあまり関係ないかもしれないが、カフェのお客さんによる「クリスタルな感じ」というフレーズも琴線に触れた。

*2:途中で止めに入る用務員のおじさんの関西弁が実はいい味を出している。