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寿に立ちすくむ

労働問題 人類学

水族館劇場で知り合った謎の人物をたずねて、重森さんは横浜の寿町に初めて足を踏み入れた。

路上の表情が違う。空間の在り方が通常と異なる。家と家以外を分かつ境界が曖昧。部屋的空間が路上にまで漏れ出したような、その地域全体がひとつの家屋のような印象を受ける*1。などと、趣都秋葉原に対して誰かが行ったような分析をあてはめたりする。

そして独特のにおい。酒と汗と尿のにおいであろうか。じきに慣れるものだが、とにかくむわっと何かがにおっていた。大量のおじさんたちが、おどおどきびきびと怪しく動き回る重森さんに目を向ける。重森さんは若干伏し目がちに歩きつつも、ちらちらとおじさんたちを盗み見る。

やっと探し当てた建物の4階に謎の人物はいた。挨拶を交わし、今日のイベントの準備を手伝うことに。やがて今日の主役の過剰姉妹が登場。確かにいろいろな点で過剰であった。イマノさんのブ○○はやばい。バババさんの○リラーもやばい。危険な魅力ですっかりお腹いっぱい。

過激かつ深遠なトークイベントの後、懇親会を行う。そこで重森さんはついに「路上エリート」なる新造語を披露。ざわめく周囲。うまい肉じゃが。なぜか瑞泉。「『路上エリート』って、なんだか『下町のナポレオン』みたいですね。」と、鋭い編集者からコメントをいただく。

*1:簡易宿泊所は狭くて暑く、快適な場所ではない。だからこそ人々は路上に出ている。ただそれだけのことではないか? 部屋がないに等しいからこそ、部屋が路上に漏れ出しているように見える。ただそれだけのことではないだろうか? 部屋と路上の境界を意図的に主体的に曖昧にしているのではなく、否応なく部屋から路上に追い立てられているということではないだろうか?