10/8〜10/12 九州の旅の記録

10/7 台風関東上陸前夜─強風でも飛行機は飛ぶ

10/7に行われた第9回ジェンダーコロキアムの懇親会は、確か23時頃に終わったと思う。千代田線の根津駅から北千住駅へ帰る電車の中でずっと私は、懇親会の場で感じた違和感を反芻していた。

懇親会で、『「ホームレス」襲撃事件と子どもたち』の著者である北村さんは、懇親会の参加者達に次のように要求した。

「皆さんが私の本を読んで何を思ったのかを率直に聞きたい。なので、「私」を主語にして何を感じたのかを聞かせてください。」

「せっかくだから皆から感想を聞いてみましょう」という上野さんによる突然の提案に参加者達は少なからず戸惑っているように見えた。しかしそれでも、参加者達は順番に感想を述べていった。注意深く己の内を探り、言葉を選びながら慎重に感想を述べていく人。脳裏に浮かんだ言葉をとにかく口にし、何とか感想を述べようと努める人。突然のスピーチの要求に、皆が必死に応えようとしていた。

「「私」を主語にして話してください。何を感じたのかを教えてください。」

何度か北村さんは、参加者達に対して上記のようにお願いした。参加者達の中には、「私」を主語にしたうえで、『「ホームレス」襲撃事件と子どもたち』の感想を述べることができない人が何人か見受けられたからである。その度に北村さんは、上記の台詞を繰り返した。

その台詞にイラつきを感じ取った私はとっさに、「北村さんの剣幕に圧倒され、「北村さんが期待している感想を述べねば」と必死になっている参加者達」という構図を想像した。北村さんに否定されるのを恐れ、人々は「私」を主語にした感想を一生懸命ひねり出そうと苦心している。「「私」を主語にして話してください。何を感じたのかを教えてください。」とイライラしながら北村さんが要求するとき、北村さんは、「私」を主語にして語ることのできない他者の、そのあるがままの姿を否定している。そのように目の前の風景を眺めることができることに私は気付いたのであった。

30数年生きてきた過程で私は、自分自身が一番信用ならないことを知っている。私は常に自分の言動や思考を疑う。だから今回も、北村さんに対して私が抱いた上記のような印象を私は真っ先に疑った。「私は性格が悪い。私の「世界の見え方」は歪んでいる。北村さんが参加者達を圧迫しているかのように見えるのは何かの錯覚に違いない。」と考えつつ、ずっと静かに懇親会の場を私は観察し続けた。

観察しながら次のことに気付いた。「あるがままの自分でよい。」というメッセージを北村さんは頻繁に著書や口頭で皆に送る。しかし北村さんは懇親会の場では「「私」を主語にして語れ。」というメッセージを送る。この2つのメッセージを他人が同時に受け取ったならば、その他人はダブルバインドに陥る可能性が高いのではないか? 「北村さんの剣幕に圧倒され、「北村さんが期待している感想を述べねば」と必死になっている参加者達」という見方も可能であるが、懇親会の参加者達はダブルバインドに陥っているようにも見える。すなわち懇親会の場では、「あるがままであれ」という第一次命令と、「「私」を主語にして語れ。」の第二次命令が確認できるといえる。懇親会の参加者達は、「私」を主語にせずに語る「あるがままの自分」を出せば北村さんに否定される。一方、無理して「私」を主語にして語れば北村さんには認められるとしても、「あるがままの自分」を自分で否定せざるを得なくなる。

北村さんの剣幕の暴力性もしくはダブルバインド。どれほど懐疑的になったとしてもどうしても私には、懇親会の参加者達が、これらのどちらかに起因した苦しい状況に立たされているようにしか見えなかった。

そもそもジェンダーコロキアムの書評セッション中から私は違和感を感じていた。

しかし私はその時は、北村さんの剣幕の暴力性や、ダブルバインドの可能性を考慮できずにいた。

懇親会の場まで来てようやく、これらを私は考慮し始めたのである。

しかしそれでも私は相変わらず考え直そうとした。北村さんの剣幕の暴力性や、ダブルバインドの存在を否定してみようとした。

「なにかがおかしい。不健康だ。何かが腐っている。」と思いながらも、「北村さんに対して勝手に皆がびびっている」や「そもそも私はダブルバインドを他人に読み込みすぎるのではないか?」や「「あるがままの自分」が全てそもそも認められるわけないだろう。「あるがままの自分で本当に人は認められるのか?」などという青臭い問いは、「「ホームレス襲撃犯」や「レイプ魔」というような極端な形態の「あるがままの姿」まで認められるというのか?」という意地悪な指摘をしているだけにすぎず、このような形での「あるがまま」は最初から排除されて当然ということは、わざわざ説明するまでもない自明のことでは?」という考えも頭をよぎったので、私は、懇親会で繰り広げられていた暴力的な風景を、暴力的ではない別の風景として眺めようと努めてみた。

しかし、目の前の出来事は相変わらず暴力的にしか見えなかった。

懇親会の場における自分の思考をなぞっているうちに、電車は北千住駅に到着した。

家に帰り、第9回ジェンダーコロキアムで感じたことをブログに箇条書きしたあと、荷物をリュックにつめて早めに寝た。

10/8 福岡へ─M・はま先生かく語りき

千住の丸井前のバス停から、羽田空港行きのリムジンバスが出ていることを知ったのは半年ほど前のことだ。1000円出せば約40分で北千住から羽田空港まで行くことができる。朝6時とはいえ、既に人が10名ほど並んでいた。

バスが空港に着いてからが大変であった。強風により飛行機が飛ばないのである。8:00出発の飛行機が飛んだのは、結局2時間後の10:00頃であった。

昨日のジェンダーコロキアムについてつらつら考えながらウトウトしているうちに福岡に到着。地下鉄に乗って箱崎九大前駅へ。九大箱崎キャンパスのM・はま研究室には一度行ったことがあったのだが見事に道に迷う。13時頃にやっとM・はま研究室を見つけることができた。

M・はまと昼食(お好み焼き)を取りつつ、私の関心に沿う形で、下記のテーマについて意見を交換した。

  1. 学校の教室におけるいじめ発生のメカニズム
  2. 生の現実(brute fact)の観察不可能性について
  3. 道徳は暴力を正当化する
  4. 言語の獲得の代償
  5. ホームレス襲撃のメカニズムとその防止策
1、学校の教室におけるいじめ発生のメカニズムについて

「いじめ」を防止するために教師によってなされる「みんな仲良く」の強制こそが「いじめ」を発生させる。

    1. 「みんな仲良くしろ」と教師が生徒達に命令する。
    2. 嫌いな人間がいるにもかかわらず、生徒は渋々仲良くする。
    3. 嫌いな人間と仲良くすることに起因したストレスがたまる。
    4. たまったストレスのはけ口として、スケープゴートが選出され、「いじめ」が開始される。
    5. 「いじめ」は、教師にばれないようにする必要があるため、表向きは仲良くしつつ行われる。その結果、極めて陰湿な形態になる。
    6. 誰もが「いじめ」の被害者にはなりたくないので、その他の人々も自然に「いじめ」に加担する(傍観も含めて)。
    7. 「いじめ」が教師に発覚すると、教師は正義の名の下に「いじめ」加害者を処罰し、かつ、「みんな仲良く」とさらに説く。
    8. 1に戻る。

「いじめ」を防止するには、学校で「みんな仲良く」を強制しないほうがよい。学校を予備校や自動車学校のようなクールな場所にすれば「いじめ」は発生しない。なぜなら「みんな仲良く」のストレスが存在しないから。

2、生の現実(brute fact)の観察不可能性について

我々は生の現実を観察できているとは言い難い。下記の事例は、人間による外界の認識能力の頼りなさを裏付ける。我々の脳が生の現実を正しく認識できている保証はない。

    1. ファイ現象:点滅する異なる色をした2つの点の間に、人間が勝手に運動を認めてしまう。そして色も後付的につじつまあわせのように認識してしまう。
    2. 脳梁切断実験:脳梁を切断した被験者に、最初に左目だけで「雪の写真」を見てもらい、次に右目だけで「鶏の写真」を見てもらったあとで、右手で、様々な物体のなかからスコップを選択した被験者に、「なぜスコップを選んだのか?」と質問する。被験者は、左目からの情報(=「雪の写真」)だけをたよりにして右手でスコップを選んだはずなのに、次のように答える。「鶏の糞を掃除するため。」 つまり左目からの情報(=「雪の写真」)だけをたよりにして被験者は右手でスコップを選んだはずなのに、その後に右目で見た「鶏の写真」にちなんだ説明を行ってしまう。違和感なくさも当たり前であるかのように、自分が実際に見たものではないものについて確信的に語ってしまう。脳梁が切断されていたとはいえ、「雪の写真」のことは綺麗さっぱり見事に忘却され、意識にのぼってこない。
    3. 網膜の大きさ:どんな大きな物体も網膜に写る際には網膜よりも小さくならざるを得ない。
    4. 光の速度の限界:今目の前にある月は、いくらか過去の月の姿。もう既に月は存在していないかしれない。

解明される意識

解明される意識

3、道徳は暴力を正当化する
  1. 道徳は道徳に背く者に対する暴力を正当化する。だから危険である。道徳に背いた者はジェノサイドされてもOKとなる。
  2. チンパンジーに「不公平感」が存在することがきゅうりとバナナを使った実験により示唆されている。
4、言語の獲得の代償
  1. チンパンジーの記憶力は抜群に優れている。言語を獲得する代償として人類は優れた記憶力を失い、パターン認識能力を身につけた。
5、ホームレス襲撃のメカニズムとその防止策
  1. 「ホームレスは差別されてしかるべき。努力しない存在は差別されてしかるべき。」という世間の価値観がある。新自由主義的な価値観がこの考えを支えている。
  2. ホームレス襲撃の加害者達には、それぞれ独自の背景がある。「いじめ体験」や「努力を強いられたことに起因したストレス」だけでなく、「なんとなく」や「とにかく人を傷付けるのが好き」といった様々な動機が考えられる。単一の原因に還元できない。
  3. ホームレス襲撃を防止するには、新自由主義的な価値観を打破するしかない。努力しても努力が報われるとは限らない世界をどうにかして実現させ、努力することに価値を置かせない世の中にする。どうにかして。その意味では、旧ソ連キューバなどの国が理想になりえる。


お好み焼きを4人分ぐらい二人でたいらげた後、研究室に戻り、しばし雑談したあと、九大の人類学合同ゼミに参加した。

人類学合同ゼミが行われた場所は、2001年頃に一度訪れたことのある部屋であった。確かあの時は、関先生はもちろんのこと、九大の博士課程所属で北九大に非常勤に来てくれていた成末さんや、北九大から私をこの部屋に連れてきてくれた重信先生や、生態人類学会でwebcat儀礼の本を紹介してくれた飯嶋さんや、ムッシュー溝口さんといったメンバーがこの部屋にいた。あれから8年後、再びこの部屋に来ることになり、なんだか不思議な気分であった。

その日は、某宗教団体でフィールドワークしている修士課程の方の修士論文構想発表が行われた。調査対象となる団体は、地味ではあるがその活動の形跡が至るところで確認できる組織なので、なかなか興味深かった。感想は「やっぱり四次元は凄かった。」に尽きる。

合同人類学ゼミ終了後、箱崎公会堂というオーガニックな飲食店へ夕食を食べに行く。オーガニックジュースが非常に美味しかった。

夕食後、M・はま邸に車で移動し、初めてチャイと会う。他人には警戒しがちなのに何故か私にはチャイが警戒しないことを密かに喜び、M・はま推奨の『のだめカンタービレ』を3巻まで読んだ後、24:30頃に眠りについた。

10/9 福岡2日目─『のだめカンタービレ』にはまる

上品な朝食を食べる。『のだめカンタービレ』を6巻ぐらいまで読む。昼食を食べる。まさに至れり尽くせりである。3時頃、車で九大に向かう。

この日は、M・はまゼミに参加した。ファーガソンの主張を楽しそうに解説をするM・はま。放っておくと永遠に喋り続けるM・はま。まさにM・はまゼミという感じ。なんとなく郷愁を感じる。

ゼミ終了後、ちゃんこ鍋のお店に行く。めちゃめちゃうまい。だし汁がうまい。

お腹いっぱいになった後、車でM・はま邸へ帰る。他人であるところの私に珍しく警戒を解いていたチャイが、なぜか急に私を警戒しはじめた。やっと私が他人であることに気付いたらしい。ちょっと悲しい。M・はまと私の背格好や声が似ていたためだろうか、どうやらチャイは私とM・はまの区別がつかなかったようである(仮説)。

のだめカンタービレ』を8巻ぐらいまで読んで就寝。

10/10 福岡3日目─『のだめカンタービレ』の続きを気にしながら小倉へ

のだめカンタービレ』。12:30頃に小倉駅に到着したかったので、泣く泣く『のだめカンタービレ』を読むことをあきらめる。結局10巻までしか読めなかった。

M・はまに別れを告げ、博多駅から電車で小倉駅へ向かう。去年も九州には着たのであるが、風景が変わっている印象を受ける。

小倉に着いた。モノレールで北九大へ。4号館のだいすけ研究室に向かうが、誰もいない。ゼミ室に行ってみるが、誰もいない。仕方がないので、研究室のドアに置手紙を張り、昼飯を求めて学外に出る。

カサートが開いていたので入る。店の主はしげしげと私を見た後、「ああ、おひさしぶり。」と言う。学部時代から通っていたお店がずっと残っていて、私の顔を覚えていてくれるのはとても嬉しい。「本日のパスタ」を頼み、主と流れ星や大分の自然のことについてお喋りする。一時閉店時刻の14:30になったので、「すいません。長居てしまいました。また来ます。」と言って店を出る。

再び4号館のだいすけ研究室へ。しかし相変わらず留守。ゼミ室に行くと、今度は人がいた。めいめいとイアンが雑談していた。そうこうしているうちにマリオやトメやUKがゼミ室に現れたので、急遽みんなで紫川で焚き火をすることに。火起こし班と買い物班に分かれ、早速移動。私は買い物班。ダイエーが改装中のため、SATYで食材を買って紫川に移動する。

焚き火をするのはおそらく人生で3度目ぐらいだと思う。竹を燃やすと時折バチッとはねる。木材から出る白い煙を直接吸うとむせる。持参してきた網に、豚バラや鶏肉、エリンギやナスを置いてじゅうじゅう焼く。思えば東京ではこんな焚き火は一度もしていない。

食事と焚き火を楽しみ、その日はイアンとマリオの家へ泊めてもらう。畳の間に布団を敷き、そこで泡盛を酌み交わしていると、家の裏に住んでいるマリオの弟が玄関から入ってきて、「マリオの弟、ルイージです。」とおもむろに自己紹介をした。

10/11 福岡4日目─革命家との対話

約束の時刻である13:00に革命家の家を訪れる。革命家と話をするのは1年ぶりである。

革命家の視点は、常に「民衆」に置かれている。「民衆」が「民衆」のために起こす行動のみに革命家は期待している。革命家は、個人によるすべての行動を、「それが「民衆」にどのような影響を及ぼすのか?」という観点から眺めて評価する。拠って立つ認識の枠組みが、私と革命家とでは根本的に異なることを再確認する。私は「民衆」のことよりも、自分が幸せになることで精一杯である。

革命家はマティーニを飲みながら、「八路軍の軌跡」や、「資本論マルクスが本当に言いたかったこと」や、「組織との喧嘩の仕方」等の話題について生き生きと語った。そして、『高齢者と女性の福祉社会学(あきみず書房)』という重量感のある本を私にくれた。

革命家は、最後の作品にそろそろ本腰を入れると述べた。作品が完成することを私は心から願う。

革命家の家を辞したのは、20:30頃であった。

その日は、小倉のビジネスホテルに一泊した。テレビをつけると『007 カジノ・ロワイヤル』が放映されていた。チャンネルを変えると、『ETV特集 死刑囚 永山則夫』が放映されていた。どちらにも関心があったため、仕方なく交互に見ることにした。

前者では、ボンドが拷問を受けるシーンと、辞職届をメールで上司に比較的気軽に送信するシーンが印象的だった。後者では、沖縄生まれの女性と永山の関係や、法律書を万引きした沖縄生まれの女性による「社会」への恨みの言葉などが、印象的だった。

「ボンド的世界では、敵が敵として描かれているのみであり、敵が敵として自己成型せざるをえなかった社会的背景は全く問題にされない。それはそれでシンプルで分かりやすい世界だ。行為そのものの違法性を問えばいいのだから非常に分かりやすい。もしも敵の生い立ちを交えて敵を描写したら、話がややこしくなり、ボンドは敵を倒すことができなくなるのではないか。」「個人が犯した罪はどの程度「社会」のせいにすることができるのだろうか。」

などと考えながら私は眠りについた。

10/12 福岡5日目─海と焚き火

ビジネスホテルを出ると、携帯に大ちゃんから連絡が入った。研究室に行くと、近況を語り合っていると、マリオとイアンが現れた。天気が良かったので、大ちゃんの提案により、山口県の海に潜りに行くことになった。

航空写真で発見したという秘密の潜りポイントに車で向かう。潜る道具を持っていない私とマリオを陸に残し、ウエットスーツを着た大ちゃんとイアンは銛と網を持って海に。

焚き火をしながら、私とマリオはひたすら時間が過ぎるのを待つ。

プラセボ効果発達障害について話をしているうちに、ハコフグ、ベラ等の獲物を抱えた大ちゃんとイアンが浮上してくる。

海の幸を網焼きして堪能する。食べ終わった頃には、あたりはすっかり夕暮れであった。マリオに北九州空港まで車で送ってもらう。

飛行機は1時間半ぐらいで羽田空港に到着した。