2009年12月12日のエノアール

小川さんの誕生会に参加すべく、お昼の3時頃にエノアールへ。

天気は快晴。公園の木々から眩しい太陽の光が差し込む。20人くらいだろうか。エノアールには既に大勢の人々が来ていた。「小川さんが公園に住みはじめた日」を再現する寸劇の開始直前に、私はエノアールに到着した。

ビデオカメラのファインダーを覗きつつ、私に気付いた小川さん。私は軽く会釈をする。小川さんも会釈する。「せっかくだから重森さんも何か役を演じては?」と誰かが提案する声がした。声がした方向に向かって私は「いえいえここで見てます。」と答える。「重森さんは遠慮しているけど、どうする?」というムードが一瞬漂うが、「いやいいよ。観客も大事なんだよ。」と小川さんが場を締める。私に気を遣ってくれた人には申し訳ないが、私は観客として寸劇を鑑賞したかったので「そうそう観客も大事大事」と心の中で小川さんに同意した。

なんやかんや言っているうちに寸劇スタート。いちむらさんが作成したと思われる手書きの台本を読みながら皆が演技する。誕生会というと「ケーキとか料理を食べて楽しくお喋りして解散!」という流れをすぐに想起するが、いきなり寸劇を皆で行うところが面白い。眩しい日差しを右手で遮りながら私は椅子に腰掛けた。

小川さん役の女性の演技が妙にうまい。エノアールで見かけたことはないが、私はこの人をどこかで見たことがある。北村さんの出版イベントの際に、バイオリンを弾いていた女性に似ている。「テントを張りたいのですがどこがいいですか?」 6年前にこの公園を訪れた小川さんとして、その女性が台詞を喋る。小川さんはテントを張ることができる場所を公園生活者の1人に尋ねるが、「公園管理者に聞いてみてはどうか」と公園生活者に提案され、素直に公園管理事務所へ向かう。公園管理事務所の係長役のいちむらさん。何故か紙袋を被り、「テントはよそで張ってくれませんか」と小川さんに返答。結局小川さんは、最初に話しかけた公園住民の協力のもと、公園のコミュニティの一員として迎え入れられる。次々に自己紹介をしながら、小川さんを受け入れる公園住人達。彼らのほとんどは、現在はここにはいない人達のようであった。

寸劇が終わった後、三線を持参してきた女性が三線調弦し始めた。皆は音楽に敏感だ。沖縄民謡が大好きなKさんが「涙そうそう」をリクエストする。下手なのであまり期待しないで下さい…と言いながら女性は「涙そうそう」を引き始める。Kさんは紙と鉛筆を取り出して、歌詞を熱心に書き留める。Kさんの歌好きがよく分かる瞬間である。

緊張して疲れてしまったのだろう。途中、女性は三線を「はい」と私に渡した。「はい」と渡された私は、とりあえずドレミファソラシドと鳴らす。そして、ひたすら「かぎやで風」のイントロを弾いた。確か「かぎやで風」は、めでたい催しの際に弾かれる曲だと記憶している。三線に触るのは3年ぶりぐらいなので、頻繁に音を間違える。音を探しながら黙々と「かぎやで風」を弾く。

だんだん慣れてきたので、「島唄」が弾けるか試してみる。イントロの部分はするすると弾けた。それを聞いた小川さんが「やっぱ重森さんも三線弾けるんだ。」と嬉しそうに言う。その声に反応してMさんが「あんた、沖縄なのか?」と私に問う。沖縄出身であることは間違いないという意味で私はMさんに強く頷く。

そうこうしているうちにも、エノアールには人がどんどん訪れてくる。いつのまにかフランス人の方がDJを始めた。切り株に置いた小さなスピーカーからフランス語の曲が流れる。

まったりしてきたところで小川さんが、最近公園の住人となったNさんを皆に紹介する。

Nさんはもともと占い師をしていた人であった。そして、山で修行中に出会った猿を連れて日本中を旅した経験を持つ人物でもあった。Nさんがどのような経緯でこの公園に辿り着いたのかは分からなかったが、あまりお目にかかれない濃い経歴の持ち主であることは分かった。

「Nさんは現在お金に困っているということなので、良ければ皆さん、Nさんに診てもらってください。」

Nさんの紹介を行った後、小川さんはエノアールの後方にNさんのための占いコーナーを設置し、そこへ皆を促した。「あ。私みてもらいたいです!」とすぐさま反応する人がちらほら。Nさんは1回500円という料金設定のもと、2つの椅子を向かい合わせに置いた占いコーナーでさっそく仕事をし始めた。

この展開に私は非常に感心した。小川さんやいちむらさんという存在が稀有な存在であることは間違いない。その稀有さは、このような場面で最も感じられるように思う。すなわち彼らは人と人をつなげる技術に長けているのだ。あるいは、人を別の人につなげる感性に長けているとも言えようか。もしくは、「関係の身体性に優れている」と言ったらいいだろうか。あまりにも自然で無理なく行っているので、見落としてしまいがちなのであるが、彼らは「つながり」をさりげなく作り出すのがうまいように思う。

そしてその「つながり」や「関係」は硬直した不健康なものではない。近すぎず遠すぎず適度な距離を保ちつつ、対等かつ敬意に溢れた「関係」に思える。うまく言葉にすることができないが、非常に健やかな手触りの「関係」を小川さんやいちむらさんは周囲に構築していくことができているように感じられる。

また彼らは、個人の得意技や能力を見極めて、それを生かしてその個人を全体にプロデュースすることにも秀でているようにも思う。そうすることにより、個人がその場所にいられる理由や目的を作り出すことができているように思う。意図しているかどうかは不明であるが、彼らはいわゆる「居場所」作りがうまい。個人が居心地よく存在していられる場・空間を、本当にさりげなく自然にプロデュースしているように感じられる。

人々を「関係」につなぎとめながら、絶えずその「関係」に神経を集中して「関係」の質や様子を吟味し、必要があれば適切にさりげなくメンテナンスする「関係の技術者」。

Nさんを皆に紹介した小川さんを見て、私はこのような言葉を頭に浮かべた。

日が沈み、辺りが青黒くなった頃、髪の長い男性がギターを持って現れた。

ミュージシャン風のその人物は、「てつオ君のために作った」という曲を披露した。なんというか、その曲調と歌い方は深い海を連想させた。底の暗い深い深い海の中を泳いでいるような気分になるような歌であった。

ライブが終わった後に私は、自分が彼の歌に感じた印象を彼に伝えてみた。

「なんか、海に潜ってそこから海面を眺めているような歌でした。非常に良かったです。」

このように話しかけると、髪の長い男性は嬉しそうに「そうですか?実は海を意識していたんです。」と答えた。もしかしたらこの人は海と関わりのある人かなと思った私は、「もしかしてダイビングとかしたりします?」と聞いてみた。すると、「いえ。自分、潜りはしないんですけど、サーフィンはします。」とその男性は答えた。

なるほど。この神秘的な海のイメージを強烈に表現できるのは、サーファーだからこそなのかもしれないと納得する私。髪の長い男性とひとしきり海の良さについて話し合う。次第に話は、この男性とエノアールとの出会いに及んだ。

都内各所に高級バターを配達するトラック運転手だったこの男性は、賞味期限が1日過ぎただけでバターが大量に廃棄されてしまうことに疑問を持ち、廃棄されたバターを全て引き取って、貰い手を捜して都内をトラックで走り回っていたのだという。食用として全く問題ないバターをそのまま捨てるのではなく必要な人に無料で提供しようと考えながら、都内をトラックで走り回っているうちに、この公園の付近に差し掛かった。そこで「そうだ公園の野宿生活者の人達にバターを提供しよう。」と思い付いたこの男性が、大量のバターを抱えて公園内を歩いていると、偶然小川さんに出会ったのだという。「バターが大量に余っているんだけど、いる?」ともちかけると、「それは嬉しい」という反応が小川さんから来たので、余り物のバターがあればいつもここで配るようになったのだという。小川さんとはそれ以来の付き合いということであった。

またこの髪の長い男性は、ベジタリアンでもあり、かつ、ナメクジウオという珍しい生き物が生息する山口県原子力発電所建設予定地で、原発反対運動にもコミットしているということであった。自身がベジタリアンである理由を、「可能な限り殺生を控えた生き方がしたいから」と男性は語った。

話を聞きながら、「いい意味で変な人が集まってくるエノアールは、本当に面白い場所だなー。」とつくづく思った。

  1. その後キッチン用のテントに移動し、そこで鍋を食べる。テントの中と外で別々に鍋を行う。テントの中での鍋はベジタリアン用の鍋だったので肉がなかった。

  1. 鼻くそで作品を作る現代美術家との会話。「現代美術家は目立つような事件を起こしてなんぼ」と語った。

  1. 一発芸タイム。Kさんの競馬実況中継。ミッキーマウスの物真似。謎の詩人の朗読。BOOMの島唄のアカペラ。

  1. 花飾りをつけた小川さんをドカ子さんが「お姫様みたい」と褒めた。「そう言われると、そんな気がしてきた」と小川さん。その気になった小川さんの写真を美しく撮るようにドカ子さんがいちむらさんにリクエスト。いちむらさんが撮った写真の写りが悪ければ、「ちゃんと撮ってよ」と文句を言い、小川さんが綺麗に撮れるまで何度も写真をいちむらさんに撮らせるドカ子さん。その間、いちむらさんは「へいへい。へいへい。」と「無理やり働かされる労働者風」に振舞ってとてもユニークだった。
  2. 昔は自分も女性のように綺麗だったと、髭面で堂々と主張する重森さん。
  3. ネズミーランドのバイト帰りの人が、疲れてそのままテントで眠り始めたこと。
  4. キッチンのテントに4人で泊まったこと。小川さんが「楽しそうでいいな」と羨んだこと。ドカ子さんが布団をあまり被らずに座ったまま寝たこと。「暖かくするとそれに慣れちゃうから」とドカ子さんは答えた。

  1. 朝方めちゃくちゃ寒かったこと。
  2. 黒猫のナイトーさんに乗っかられていただけなのに、「ドカ子さんに触られている!!」と勝手に1人で怯えていた重森さん。

  1. 冷たい水で茶碗洗い。
  2. 「Nさんに声かけといて」という指示。

  1. ヒーラー、占い師、重森の三つ巴の前世論議。あるいはDV論議。


つづく。