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2010年2月7日のエノアール

14時頃にエノアールへ。先客が大勢来ていた。

8人ぐらいであろうか。彼らは埼玉県の新座からエノアールに遊びに来た女性の方々であった。子連れの方も何人かいた。エノアールのことを、新座の公民館で開催されたいちむらさんの講演会で知ったのだという。

「いちむらさんの講演に、どのような感想を持ちましたか?」と女性の1人に質問してみると、「こんな風に暮らすという選択肢があることに驚きました。」という返答が返ってきた。

私のすぐ隣に座っていた女性は次のように話してくれた。

「今私は64なんですけど、私らの時代には、勉強して働いて結婚して…という生き方しかなかったので、いちむらさんのお話はとても新鮮でした。いつもいつも頑張って気張って生きるのは疲れてしまう。ここはゆったりしていますね。こんな生き方もあるのかと感動しました。」

ちょうどこの日は快晴で、風は強いけど太陽の光も感じることのできる良い日であった。葉がだいぶ落ちたとはいえ、生い茂る木々の緑が気持ちよい。こんな場所にテントを張って生活することが、いつにもまして羨ましく思えるような、そんな晴れた日であった。

女性達はいちむらさんに色々質問していく。何年ここに住んでいるのか。他にも女性はいるのか。皆1人で住んでいるのか。食べ物はどうやって手に入れるのか。病気の時は助け合ったりしているのか。親や周囲に何か言われないか。他にもどのような活動をされているのか。いちむらさんは一つ一つの質問に丁寧に答える。64歳の方や、子ども連れの主婦の方が、真剣にその返答に聞き入る。

小川さんは女性の方々からいただいたオーダー通りに、飲み物の準備をしている。人が大勢いるので、お湯を沸かすのに時間がかかっているようであった。「焚き火ができた頃は、いつでもお湯が沸かせたんだけどね。」といちむらさん。

焚き火をすれば、自然に人が集まり、交流が生まれる。やがて食べ物や飲み物をそれぞれが持ち寄ってくる。鍋が始まり、交換が始まり、関係が生まれる。でも、焚き火は公園管理者により禁止されてしまった。焚き火だけでなく実は集会も禁止されている。以前は、エノアールのような交流スペースがいくつも存在していた。今は公園管理者の目を気にして自粛する傾向が強まっている。新しくテントを張ることも禁止されている。最近テントを立てた人がいたけどすぐに公園管理者側に撤去されてしまった。その人は公園管理者側に「なんで弱い者いじめするんだ。公園は避難所だからテント張ってもいいではないか。」と訴えたけど、公園管理者側は「公園にテントを張るな」の一点張り。だからその人は公園管理者側に「地震が起きてもお前らにはテント張らせないからな!」と言って怒っていた。

いちむらさんはエノアールの周辺で起きたことを淡々と話す。女性達は神妙な顔をしていちむらさんの話を聴いている。

Kさんが本棚のそばに佇んでいた。

「元気ですか?最近寒いですね。風が強いので上から落ちてくる枝が怖いですね。」

と話しかけると、

「うん寒いね最近は。風が強いと枝は怖いねー。」

と答えてくれた。

Kさんは元々ここに住んでいたのだが、一度外に出てしまったため、テントを失ってしまった。なので、今はテントを張らずに、夜の間だけ臨時の寝床を作って睡眠を取っている。Kさんはそのような自らのあり方を「ビバーク」と呼んでいた。ビバークの危険性は、頭上から落ちてくる木の枝で怪我をしてしまうことである。そのためKさんは、頭上からモノが落ちてきても怪我をしないような構造の簡易寝床を設計するのに余念がない。だからいつも私はKさんに会うと、「頭上から落ちてくる枝」の話をしてしまうのである。

今日はお客が大勢来ていたので遠慮したのか、Kさんは彼らのために椅子を持ってきたあと、自分は話の輪に入らずに、どこかに行ってしまった。

Kさんは素敵な声の持ち主である。以前、Kさんは競馬の実況中継の一発芸を、小川さんの誕生日の際に披露してくれた。滑舌だけでなく記憶力も優れている。そのKさんがどっかに行ってしまったのでちょっと残念であった。

新座から来た女性達と入れ替わりに、Tさんが友人2人を連れて現れた。現在は介護関連の仕事をしているが、賃金が安いために生活が苦しいという。Tさんも以前はこの公園でテント暮らしをしていた人だ。

「いざとなったらここに住むことも考えたが、公園管理者の目が厳しいのでまず無理だろう。」と力なく話している。小川さんも「うん。テントを新たに立てるのは難しい。」と話す。

公園管理者側は、テントを新規に立てることを禁止し、ゆくゆくは公園からテントを一掃しようとしている。おそらく20年後ぐらいにはほとんどのテントが姿を消してしまうのではないだろうか。エノアールでこうしてお茶を飲みながら人と交流できるのも時間の問題なのかもしれない。でも東京に地震が起きたら、家を失った人々はいやでも公園でテント生活をせざるをえないので、その時が公園でテントを立てることのできる唯一のチャンスなのかも。

というようなことをぼーっと考えながら、周囲の話に私は耳を傾けていた。