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ケニアのブラザーの来沖

昨晩、チョーニ族のブラザー(チーフの甥)に那覇で会ってきた。

私が人類学の研究者(の卵)としてケニアで妖術の調査をしたのは2002年頃のこと。その後、人類学者になることをあきらめて、東京で会社員になり、原発事故による放射能汚染を恐れて、沖縄に帰郷した私が、再びチョーニ族の人間と、それも那覇で会うことになるとは夢にも思わなかった。フィールドワークがずっと続いている、そんな快い驚きと実感がある。

フェイスブック上で、いきなり話しかけられ、「チョーニ族の人間が今、日本にいるぞ!」とその存在をアピールされたのが、今から1週間前ほどの話。どういうこと?なんでチョーニ族の人が沖縄にいるの?とメッセージをやりとりしているうちに、JICAの研修を受けるために、チョーニ族の人が、それも私が散々お世話になっていたチーフの甥が、沖縄に来ていることを知った。今回、ブラザーがJICAの研修場所として沖縄を選んだ理由は、単に暖かそうだったからだそうである。私が沖縄出身であることは特に関係ないとのことであった。なにはともあれ、これは是非会わねばと思い、今回那覇新都心で会うことになった。
すっかり私はチョーニ語やスワヒリ語を忘れてしまっていたのだが、片言の単語や断片的なフレーズなら話すことができた。たとえば、「クングーニアナヘンザミミ」というフレーズ。これは、ケニアで南京虫による被害にあった私が、腫れ上がった耳や頬を村の人々に心配された時に、咄嗟に口にしたフレーズなのだが、意味は「南京虫は私のことが好きだ」という他愛もないジョーク的なもの。しかし、現地では馬鹿受けした。そして、今回会ったブラザーもこのセリフに大いに笑ってくれた。やはりこういうときに感じるのは、言葉は魔術だというフロイトの言葉。単なる音を口から放っただけなのに、目の前の人が笑っている。凄いと思う。言葉は魔術だ。

私は、ケニアでは、チーフからファミリーネーム(チーフの祖父の名前)をつけてもらって生活していたのだが、私がいなくなった後でも、私は日本にいるチョーニ族の人間として、村で語り継がれているらしい。あそこの人々は、物語を話すことが大好きだ。きっと、私がしでかした失敗や事件が、一つの物語として、村で語り継がれているのだと思う。ブラザーは言っていた。「村の人間は皆、お前のことを知っている。しかし、存在は知ってはいるが、会ったことがある人間はほとんどいない。だから会うことができたのはとても光栄だ」と。なんだか、語り継がれていることによって、もう一人の私が、チョーニ族の伝承の中で、しっかり生きているように思えて、単純に嬉しい。

そして、面白いことに、わざわざケニアからJICAの研修を受けるために沖縄に来たこのブラザーは、医師であった。それも、公衆衛生担当の啓発リーダーとしての技能を身に付けるために、沖縄に来たということであった。ブラザーはすなわち、様々な病気が妖術や呪詛との関連で語られる地域において、いわゆる「科学的」な因果関係の論理を、広めることを目的にして、活動している医師なのであった。

ブラザーは熱く、紙芝居の意義について語った。これは良くできたツールだと述べていた。チョーニ族の村は、今では電気も通り、かなり「文明化」が進んでいるらしいのだが、山奥の森林地帯には、学校に行かないまま、生活している人々も大勢いる。もちろん、識字率も低い。だから「紙芝居が威力を発揮するに違いない」とブラザーは言うのである。今までも、寸劇や、ポスターや、歌を利用して、ワクチン接種の重要性を啓発する活動を行っていたのだが、紙芝居を利用することで、さらに啓発がしやすくなると語っていた。

私は話を聞きながら、現地の呪術師であるムガンガを仲間にしてはどうかと提案した。沖縄のユタと同じく、ケニアでもムガンガは、教員や医師や弁護士や政治家のような、人々が耳を傾けざるを得ない、影響力の大きな人々だからである。ブラザーは私の提案に対し、「その試みは2009年から始まっている」と答えた。ムガンガにも、ワクチン接種の重要性を人々に訴えてもらっているというのである。まじで!と思った。妖術や精霊や呪詛を病気の原因として語ることを生業にしているムガンガが、病気の原因を、細菌やウィルスによるものとして語ることに、既に同意していることに驚いた。ムガンガの頭の中では、細菌やウィルスは、どのように納得されているのだろう。「細菌やウィルス」と、「妖術や精霊や呪詛」とを、病気の原因として識別する何らかの具体的な方法が、最近のムガンガの間には確立されているということなのだろうか。

非常に気になるテーマである。ケニア東海岸地帯で、科学的言説という新たな災因論が、ムガンガを通して受容されつつあるのである。ブラザーは、医師として、どのようにムガンガと交渉し、彼らを説得したのか。そして、ムガンガは、「細菌やウィルスが引き起こす病気」という科学的な語りを、妖術や精霊や呪詛による病気発現の物語と、どのように折り合わせて、啓蒙活動に協力することに同意したのか。これは現地調査を行い、是非とも、詳細を明らかにしたいものである。

もしも、博士課程に今も私が在籍していたならば、上記の調査を行って、博士論文を書けるのではないかとも思った。まあ、いわゆる「科学的」な言説が浸透している沖縄であっても、相変わらずユタや占い師の需要があるように、ケニアにおいても、「細菌やウィルス」は、「妖術や精霊や呪詛」と同じような、病気を引き起こすものとして、案外何の違和感もなく、受け入れられているのかもしれないが。

そう考えると、むしろ、実家の近所に住むユタに、「自分が体調不良の時には先祖にお祈りして治すんですか?」とか「自分や自分の家族が病気になった時、病院には行きますか?」とか「そもそも、病因の切り分けをどのように行っているのですか?何らかのガイドラインがあるのですか?それとも場当たり的に、アレが駄目ならコレかなという仕方で判じ(=診断)を下しているのですか?」という質問を投げかけてインタビューしまくることで、ムガンガがどのように科学的言説を受容(利用)しているのかについての、ある程度の結果の予測を行うことができるかもと、思えてきた。そんなに難しい調査ではない。ユタは探せば見つかる。ていうか、近所のてんぷら屋はユタだ。暇な時に、勝手に調査してみようと思う。

欲張りを言えば、ケニアのムガンガと、沖縄のユタの両者において、いわゆる「科学的言説」がどのように受容(利用)されているのかの比較研究が理想だ。

というようなことを思いつきながら、昨晩はブラザーと楽しく会話することができた。次回は、那覇でカラオケをする予定。