ナチュンの感想

ナチュン』を読んだ。1巻から3巻までをまとめて購入し、いっきに読みきった。

非常に面白い。そうか。フィールドワークの経験は、このような形でアウトプットすることもできるのか。

評価に値する人類学的な理論や知見が展開されているわけではない。しかし、あの、フィールドワークする者だけに見える特有の世界が、それなりの質感を伴って感じられるような作品は、滅多にないと思う。とにかく生々しい。

当たり前のことであるが、『ナチュン』はフィクションである。しかし、実在する場所と人物が、まるで実在していないかのような工夫がこらされたうえで描かれたようなフィクションといえる。

この漫画の舞台である場所で、私はかつて生活していたことがある。だからこそこの作品に私は、過剰な生々しさを感じてしまうのだろう。

相変わらず、同じようなセリフを喋るゲンさんに、なんともいえない懐かしさを私は感じた。

ゲン 「重森。お前は彼女はいるのか?」
重森 「え。まあ。います。」
ゲン 「もう、やったのか?」
重森 「…えぇ!まだです…」
ゲン 「なんで?」
重森 「いや。まだ付き合って日が浅いので。。」
ゲン 「重森。お前男じゃないよ。お前は逃げている。」
重森 「…。」
ゲン 「ちゃんと男からいかないと。お前はその人が好きなんだろう? だったら重森、自分からいかないと。男じゃないよ。」
重森 「…確かに、そうだと思います。確かに逃げだと思います…。」
ゲン 「…うむ(船の舵を取りつつ、遠くを眺める)。…大丈夫。女はすぐに濡れるから。」

ゲンさんと私の会話は、いつもだいたいこんな調子だった。

なにかと頭で考えることが先行してしまい、自らの欲望をどのようにして実現させればいいのか分からず、ただただ時間だけがすぎていくような生き方をしていた私にとって、海で漁をし、獲れた魚や貝を料亭や自分の店で売り、暇があれば酒を飲んで女の話をし、そしてそのまま店先の道端で寝てしまうゲンさんは、まさに野性味溢れる海の男であった。ゲンさんは、私とは対極に位置する人間だったといってよい。

その野生的な逞しさと、生きることに対するシンプルなあり方と、だけどどこかが何故かいい加減で、単に強いだけではない子どもみたいな側面が、『ナチュン』では生々しく忠実に表象されていたので、嬉しかった。

19の夏、沖縄の離島を旅していた私は、とある島で偶然ゲンさんと知り合い、仕事を手伝うことを条件に、彼の家に居候させてもらったことがある。

朝4時に起床し、弁当を作り、漁港までスクーターで移動する。それからゲンさんの小さな漁船に乗り海に出かける。潮風の中、朝日を浴びつつ魚場へ急ぎ、海に潜る。用意した昼飯を二人で食べて、しばらく休憩。そしてまた次の魚場へ移動し潜る。昼過ぎに漁港へ戻り、そこに止めていたスクーターで家に帰り、潮臭い体をシャワーで洗い流した後、今日獲れた魚の一部を大きめの鍋で煮て、最後に醤油をかける。炊いた白米と、その煮魚を、ゲンさんに出し、自分もそれらを食べる。店の前の長椅子で酔っ払って寝入ったゲンさんを見届けた後、日記に今日の出来事を書いて、自分も眠りに付く。そして翌朝また早く起きる。

一度は私も関与していたことのある場所と人と生活が、漫画という形で描写されているのを見るのは、とても不思議な体験である。

そして、これは指摘するまでもないことだが、『ナチュン』の物語は、フィールドワークを行う学生の視点から描かれている。そのため、主人公がイルカ観察のために島に上陸したあたりからの描写を読むと、フィールドワークを追体験しているような気分になる。

「あー。今日はなんかしないと。とにかく人に会わないと。何かに巻き込まれないと。何かしないと何もはじまらねー!」

妙なあせりと緊張を感じつつ、無為に一日が過ぎていくことをとにかく阻止しようと空回りして、結局恥ずかしさを感じてしまうような、どう行動したらいいか分からないけれど何か行動しなければ何も進行しないから、手足をジタバタさせるしかないというような重苦しい精神状態。『ナチュン』を読んでいると、この状態を思い出す。

漫画では、あの場所の地図と地名、登場人物の名前が変更されて記載されている。また、ゲンさんも、実物よりも幾分引き締まった精悍な人物として描かれているので、すぐには特定できないと思われる。

しかし、特定しようと思えば特定できてしまうのではないか。

そのうち、『ナチュン』のファンがあの場所を見つけてしまい、あの場所に人が殺到したら、それはそれで問題になるのかなと、『ナチュン』を読みつつ思った。なんとなく、ハラハラしつつ。

でも、観光客としてあの島にお金を落としていく人が増えるのであれば、それはそれでいいのかもしれない。

時折、あの人は元気だろうかと思うことがある。思い浮かぶのは、沖縄の離島で一緒に漁をしたゲンさんだったり、インドネシアで呪術を教えてくれたタンカスだったり、ケニアで私を追いかけてきたマラヤさんだったりと、いろいろである。

飛行機に乗れば、すぐに会えるような人たちだけれど、会社員となった今、なかなか会いにいけない。それが少し寂しい。

フィールドで出会った人たちに会いたいなと思う。私のことをまだ覚えていてくれているかなという不安とともに。


ナチュン(1) (アフタヌーンKC)

ナチュン(1) (アフタヌーンKC)