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ファイト・クラブ

今さっき、ファイトクラブを久しぶりに(5年ぶりくらいか?)観た。

面白い。大量消費社会に対する批判、オウムを彷彿とさせるようなカルトの問題、死が忘却され生の喜びor熱さが失われた時代に対する違和。この映画には、複数のテーマを見つけることができると思う。

特に気になったのが、ファイト・クラブの教祖であるタイラーのセリフ「お前らはクズだ。お前らは特別な存在ではない。お前らはユニークではない。」。私は、ファイト・クラブに集う男達にタイラーが投げかけるこれらのセリフを、AA(アルコホリックアノニマス)の教義のパロディーではないかと思った。

私は10年前、AAに参加していたことがある。正確に言うならば、私が参加していたのは、アダルト・チルドレンの自助グループであった。会の終わりには、サバイバーの人たちと手をつなぎ、12のステップを朗読した。そしてタイラーの物言いは、その12のステップの一部分によく似ているのである。

この映画の監督や原作者は、自助グループをどのようなものとして捉えているのだろうか? 彼らは自助グループを、どこかカルトじみた、依存の可能性を内包した危うげなものとして、捉えてはいないだろうか?

この問題についても考えてみなければと思う。しかし、どこから考えればいいのか分からないので、さきほど直感的に『オウム─なぜ宗教はテロリズムを生んだのか』を注文した。集団の持つ両義的な側面についてこれから私は考えようとしているのだろうか*1

それにしても、クロエのエピソードは、何度観ても悲しい。未公開シーンの中には、クロエに関するものも含まれていた。その内容も、悲しかった。

*1:自分でもよく分からない。