仕事と労働

昨日に引き続き、坂口さんのサイトの日記を読んでいる。

2009年3月6日(金)(前半)」の日記において坂口さんは、「仕事」と「労働」という言葉を区別して使用している。その区別の仕方がとても興味深い。

少々長くなるが、下記に引用する。

今、派遣社員が解雇され、次は正社員がたぶん解雇されははじめるんだろうけど、僕なんてずっと解雇状態だからなあ。

仕事は自分で企画して、人に見せて作るものである。労働というのは人から頼まれてするものである。その二つは実は似ているようで全く違うのである。

だから、解雇された人が新しい労働を見つけたとしても、僕としては解決になっていないということになる。

それではなく、自分自身の「仕事」が一体何なのかということに気付き、そしてそれを向上し、進ませて、一生止めずに突き進むと言う思考にならない限り、また景気が良くなったら、派遣労働し、不景気になったら、切られて落ち込むという思考になるのだ。

(中略)

よく考えたら、僕はヒルトンに配膳で入社した時から、自分は仕事を持っていますと吠えていたもんな、ただの馬鹿だ。それで、平気で一ヶ月も休んで海外の展覧会とか、執筆してた。それでも仕事に気付いていたから、労働も無茶苦茶楽しんでやっていた。そしたらチップが凄かった。

チップというのは面白くて、労働に対して払われるのではない、それは僕がここで言っている「仕事」に対して払われるのである。つまり、人から依頼されただけの労働ではなく、自分の内的必然性から生まれてきた行為に対して。これが仕事の本質かもしれない。チップ論。労働は働いた時間に対して払われるが、仕事はそうではない。そこにこそ希望がある。しかも、それが希望ある最大の理由は、今現状の自分の状態を何一つ変える必要がない、ということだ。どんな労働をやっている人でもいい、今、無職の人間でもいい。自分に与えられた仕事に気付き、分からなければ人に聞いて教えてもらい、それを向上しながら、人間の義務である労働を開放的にやる。

これは僕は何で発想を思いついたかというと、それは路上生活者である鈴木さんなのである。彼は生活をしていく事自体が、仕事だと気付いたのである。それが面白くてたまらない。だから毎日向上する。常に自分はエッジの部分でいる。だから、労働であるアルミ缶集めもモチベーションが高いのである。しかし、端からみたら、みっともないとか言う人もいるのである。しかし、そう言う人たちは仕事と労働が同一線上にはないことに気付いていないので、あれが、仕事なんだ、ああいう人生なのだ、と思ってしまう。

ところが、仕事というのは労働と同じレイヤーにはいない。それは人の心のもっと奥深くにあるそれでいて親しみやすく、回りの友人であればすぐに気付ける、その人の特性のことなのだ。それを無視するからいけない。

三月中旬にホテルを予約した。自ら勝手にカンヅメになることにした。自ら誰からも頼まれることなく突き進むもの、それこそが仕事であり、それはどんな人にも備わっている唯一のプレゼントだと僕はそう思うのである。そこに気付けば、今問題になっている、雇用、経済、精神的疾患の問題などもよく理解できるようになってくるのではないか。

あれは仕事を与えたり、景気を良くしたり、仕事を休ませたりして、治るようなものじゃない。人間の根源的な本来誰しもが持っているエネルギーに気付いていないのだ。ということを、僕は路上生活者である、鈴木さんや多摩川のロビンソンクルーソーに気付かされたのである。僕自体もそのことに気付いていたが、うまく言葉で言い表せなかった。なぜなら誰も今までそれを身を以て教えてくれなかったからである。というか誰も知らなかったのだろう。そういうシステムから、抜け出すことに成功した人々だけが、もう一度東京の川沿いで文明を起こしているように思えてならない。

現在、映像化をしたいとある監督から申し入れを受けてはいるのですが、それだけでなく、なぜか今自分が映画作りたくなっている。テーマはもちろん都市狩猟採集生活だ。

(中略)

これからの世界は、自分の職業自体を発明していくような人が増えていくのだと思う。複雑な社会になるはずだ。でも何も難しくなるのではなく、さっきから言っているように、漫画と服が好きで独自の考えを持っている人が例えばいたら、それがそのまま仕事なのだと自覚できるようになるということだ。

僕には絵だけで食ってことはできないし、本を書いてだけで食っていくことはできないし、テレビに出て吠えまくるだけで食っていくことはできない。でも、それらが混ざり合い蠢いていると言う運動自体を仕事とすることに方法を見つけた。それは自分が一番やりたかったことであるし、自分が一番コンプレックスを感じていたことであるし、また自分が一番気付いていないことであった。ということに、どん底に落ちたときに閃いたのである。閃いたというか、当然のことなのかもしれない。どの時代でも読める、今でも読める。仕事の話でもある、哲学でもある、建築的な思考でもある、生き方の話でもある、今日から使えるHOW TO本にも見える。でも何度でも読み返せる冒険小説のようでもある。そんなものを表現してみたい。


from 2009年3月6日(金)(前半)

先日遊びに行ったエノアールでは、主である小川さんがエノアールを訪れた人々をお茶でもてなしていた。

5年近くも公園でテント生活をし、いわゆる「労働」にはほとんど従事していないように見える小川さんであるが、坂口さんの言を借りれば、小川さんは、「エノアールを訪れた人々をもてなす」という「仕事」をしているといえそうである。

エノアールに私は林檎を持っていった。去年ご馳走になったココアの代金としてである。他のお客さん達も小川さんとなにかしら物々交換を行っていた。

「多くの人々と交流し、モノを交換すること。」が小川さんにとっての「仕事」であり、もしかしたら生活の糧を得るための「労働」でもあるのかもしれない。小川さんは面白い。面白い人と話したいから人が集まる。なぜ小川さんは面白いのか。「小川さんは頭が良いから」ということも指摘できるが、何十年にも及ぶ世界各地でのテント生活や居候生活により形作られた思想と、その思想に基づいた独自の語りが、周囲を魅了しているのだと思う。

「まるで修行者のようだ。」とお客さんの一人が、小川さんを評した。確かに、普通の人が真似できないことを小川さんは澄ました顔で行っているといえる。その意味では、小川さんの実践は、「重労働」ともいえなくもない。公園に生えているきのこを食べてお腹を壊したり、公園管理者と言い争ったり、テント村に現れた暴漢と対峙したりと、かなりしんどい出来事を小川さんは経験している。

会社員の生活にも辛いことは多いが、小川さんの生活のほうにも、同じくらいの辛さがあると思う。いやむしろ、小川さんの生活のほうが、身の危険に晒される確率が高く、より辛いものといえるかもしれない*1

*1:とはいえ、小川さんは必ずしも「苦しそう」「大変そう」ではなく、いつも涼しい顔をしている。