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『シリーズ治験』:プラセボ効果のメカニズム(第1回)

人類学 会社

勤務先の社内報で連載しておりました「『シリーズ治験』:プラセボ効果のメカニズム(全4回)」が無事完結致しました。せっかくなので、世界に向かって内容を公開させていただきます。内容としましては、『プラシーボの治癒力―心がつくる体内万能薬』や『代替医療のトリック』で言及されている「プラセボ効果」を説明する3つの仮説「意味づけ仮説」「学習仮説」「期待仮説」を概観し、私が最新と思うところの研究報告を最後に付け足しただけのものですが、これらの著書で引用されている論文の原著を実際に読んでみることにより、様々な発見をすることができました。やはり、原著を読むのは大切だと実感した次第です。

プラセボとは何か

偽物の薬(プラセボもしくはプラシーボ)が治療効果を持つということを、日頃から治験業務に携わっている皆さんは良くご存知のことと思います。プラセボがもたらす治療効果は「プラセボ効果」と呼ばれており、このことは製薬業界に関わる人々にとっては自明の事柄といえます。

治験業務にまつわるガイドラインを策定する「日米EU三極医薬品規制調和国際会議(以下、ICHと略する。)」はプラセボを、「色、重さ、味及び匂いといった物理的特性を可能な限り被験薬に似せた、試験薬を含まない「ダミー」の治療」*1と明記し、「プラセボ効果」についても、「薬を使用していると考えることによって被験者に改善が見られること」と明確に定義しています*2

このことから、新薬開発の現場においてプラセボは、それなりの治療効果を持つものとして公式に認められていることが分かります。

また、プラセボは、新薬の効果判定に欠かせない重要な位置付けを与えられてもいます。ICHは、プラセボを新薬の比較対象として用いた「プラセボ対照試験」を、新薬の優越性を示す試験のひとつとして下記のように推奨しています。

「科学的には、有効性を立証するには、プラセボ対照試験でプラセボに優ることを示すこと、実対照薬に優ることを示すこと又は用量−反応関係を示すことが最も説得力がある。」*3

すわなち、新薬による治療効果と、プラセボによる治療効果の比較は、新薬の効果を判定するための最も有用な手法のひとつということです。

以上のことから、プラセボが治療効果をもたらすことは周知の事実といえるでしょう。新薬開発の現場においてプラセボは、それなりの治療効果を持つものとして公式に認識されており、新薬の効果を評価するために積極的に利用されているのです。

プラセボ効果のメカニズムの謎

プラセボが治療効果をもたらすこと。前節で確認したように製薬業界においてこのことは、当たり前の事実に相当します。

しかし、「プラセボ効果」と呼ばれるこの現象のメカニズムは、実はあまりよく分かっていません。

プラセボが治療効果をもたらす機序は、科学が発達した現在においても、依然として謎のままなのです。

しかしながら、多くの様々な研究者達の努力により、少しずつではありますが、「プラセボ効果」の機序は明らかにされつつあります。1950年代から本格化したプラセボ研究は、興味深い知見を続々と産み出し続けています。

そのなかでも特に、「プラセボ効果」が得られる際の脳内活動の様子を世界で初めてとらえた、ミシガン大学のZubieta博士による研究は注目に値します。米国神経科学学会の学会誌である『The Journal of neuroscience』において2005年に発表されたZubieta博士の論文「Placebo Effects Mediated by Endogenous Opioid Activity on µ-Opioid Receptors」は、「プラセボ効果」の機序の探求に進展をもたらす画期的なものでした。

Zubieta博士による研究は、連載第4回目で取り上げる予定であるため、ここで詳述することは避けますが、Zubieta博士は脳の活動という新しい観点から「プラセボ効果」のメカニズムに迫り、驚くべき事実を明らかにしました。

とはいえ、Zubieta博士によって「プラセボ効果」の全てが解明されたわけではありません。「プラセボ効果」の機序は、相変わらず謎に包まれています。Zubieta博士の研究では、「プラセボ効果」の発動時に活発化する脳内部位を特定することができましたが、それと同時に、「プラセボ効果」を生じさせやすい人間と、そうではない人間の存在を浮き彫りにしました。今後はこの差異の解明が研究課題となってくると思われます。また、Zubieta博士が研究対象にした「プラセボ効果」は、鎮痛作用に関するものに限定されていました。つまり、船酔い、不眠症鬱病、糖尿病、がん、高血圧、感染症等を患う人々に生じる「プラセボ効果」の機序の解明作業は、いまだ手付かずのままといえます。

プラセボ効果」に関する研究は着々と進みつつありますが、その全貌の解明にはもうしばらく時間がかかりそうです。

プラセボ研究の歴史の概観

新薬開発に欠かせないプラセボ。そして、それが引き起こす治療効果。「プラセボ効果」というこの不思議な現象は、『シリーズ治験』で取り上げてしかるべき格好のトピックといえるでしょう。「プラセボ効果」は、今も昔も人の心を捕らえて離さないとても興味深いトピックです。

プラセボ効果」は、あらゆる疾患において認めることができますが、『シリーズ治験』では、「プラセボによる鎮痛作用」に焦点を絞ります。そしてこれから計3回にわたって、これまで蓄積されてきた「プラセボ効果」に関する研究を概観していき、「プラセボ効果」の不思議さと面白さを味わっていきます。どうぞ宜しくお付き合い下さい。

*1:『[http://www.pmda.go.jp/ich/e/e10_01_2_27.pdf:title=臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題](通称E10)』の「2.1.1特徴」より

*2:『[http://www.pmda.go.jp/ich/e/e10_01_2_27.pdf:title=臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題](通称E10)』の「1.3.1 プラセボ同時対照」より

*3:『[http://www.pmda.go.jp/ich/e/e9_98_11_30.pdf:title=臨床試験のための統計的原則](通称E9)』の「3.3.1 優越性を示すための試験」より