実際に効く呪術

呪い。呪詛。呪術。人類学がこれまで研究対象としてきたこれらの行為を、私は次のような視点から眺めてみたい。

特定の誰かに危害を加えることを目的として実践され、いざ実践されたならばその効果が目に見える形で即座に明らかになるような、ひたすら現実的で実用的な技術。」*1

すなわち、下記の番組の25分経過時点において、T・H氏が「悪魔」と呼ぶところの、「遺伝子レベルでの恐怖を引き出す技術に長けた者」が、特定の誰かに精神的・肉体的ダメージを実際に与えるために使用し、かつ、使用されたならばすぐさまその効果が現れる技*2という意味において、呪いや呪詛や呪術という用語を使用し、これらについて考えてみたいのである。

http://video.google.com/videoplay?docid=7055512873187777203

つまり、「あのような出来事が起こったのは誰某がかけた呪術のせいに違いない」と、なんらかの不幸な出来事が生じた経緯やその原因が語られる際に、遡及的に単に言及されるだけのものとしての呪術ではなく、「よし。今からあいつを呪って痛めつけてやるから。」と、施術師が腕をまくってそれなりの手続きを踏んで実践すれば、途端に憎きあいつが苦しみ始めるというような意味での「実際に効く呪術」について、考えてみたいということである。*3

その日私は、数人の友人達とともに、都内某所を歩いていた。

とあるビルの前に差し掛かった時である。友人達の幾人かが突然、耳を押さえ出した。顔は苦しそうに歪んでいる。

不信に思いすぐさま話を聞く。高音の、何とも言えない嫌な音が聞こえてくるのだという。

しかし私だけは無事であった。耳を押さえて苦しそうな顔をしている友人達が滑稽に思えたほど、その音に対して私は、あまりにも鈍感であった。

急いでその場から立ち去ろうとする友人達は「とてもじゃないけど耐えられない。」といった雰囲気であったので、その音を聞かずに済んだ私は、ラッキーだったといえる。*4

家に帰ってネットで調べると、次のようなサイトを見つけることができた。

http://wiredvision.jp/news/200802/2008022622.html

今日の午後に我々を襲った*5ものの正体はおそらくこれであろう。

この出来事により私は、「あーあ。実際は何の効果ももたらさないのに、また今日も真剣に呪術とやらを実践しているよ。本当に信じているんだねえ。まいったなあ。」という観察者の冷めた態度が、一気にぶっとんでしまうほど、「相手に危害を加えるという目標を確実に即座に達成するもの」としての呪術の存在をありありと予感した。*6

あとどれくらい、我々の脳には、適切な入力情報が与えられれば嫌でも不快感や恐怖感が引き出されてしまうような仕組みが、あらかじめ備わっているのだろう? なによりも、既に明らかになっている仕組みに関する情報は、どのような組織や機関によって保持され、そして利用されているのだろう?

*1:もちろん、ひたすら現実的で実用的だからこそ、呪術という手段を行使する施術師も存在する。しかし、その効果が施術後すぐに明らかになることは稀である。このような「ひたすら現実的で実用的な呪術」に関する人類学的報告は極めて少ない。「実践した10分後ぐらいにすぐさまその効果が現れる即効性のある呪術的行為」について、その存在自体の面白さを考察してみる所以である。

*2:T・H氏はこれを「シャーマン技」と呼ぶ。

*3:ここでは、「施術師に呪われた者が、1〜10年後ぐらい経ったのちに漸く不幸な出来事に遭遇したことをもって効果があったとされる呪術」ではなく、「「拳銃で打つ」「飲み物に青酸カリを混ぜて飲ませる」といった行為のように、誰の目にも明らかな形で効果のあるなしが即座に、それこそ10分以内ぐらいに判明するような、徹底的に実用的な呪術」が想定されている。

*4:ただし、「年寄りには聞こえない。」という話をその場にいた人から聞き、なんとなく悔しく思った。

*5:年寄りの重森を除く。

*6:このような呪術は、もはや呪術とは呼ばずに、むしろ科学技術と呼びたくなる。しかし、ここで呪術か科学かを判断しようとしている私は、いったいどのような知識や公準に基づいてそうしようとしているのだろうか? この根本的な問題に取り組むことは一切せずに、呪術や科学という言葉を私は、これからもだらだらと使用していくのだろう。