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エリクソンのテクニック4

精神病 人類学

エリクソンは、心理療法の場において、次のような2つの手法を駆使していると考えられる。

  1. クライアントが依拠する論理を利用してクライアントを制御する。
  2. クライアントの言動を別の文脈に埋め込むことにより、クライアントの言動を無毒化し状況をエリクソンにとって有利なものに変化させる。

上記二つの手法は、ほとんどの事例において確認できる。

しかし、事例を丹念に見ていくと、「うまく事が進んだ理由が良く分からない事例」も数多くあることに気付く。上記2つの手法のような、成功の秘訣としてのなんらかの手法を、言語化して抽出することの困難な成功事例が、いくつも存在しているのである。

例えば、下記の事例はそのひとつである。

エリクソン:ウースター州立病院(Worcester State Hospital)にいた精神病質の12歳の女の子のことを思い出したんだけどね。やたら彼女は、キャンディを買ってきてくれって看護婦にせがむんですよ。看護婦さんが買ってきてあげると、そりゃあもう、ルースはすばらしい笑顔を見せて、とってもかわいらしく看護婦さんにありがとうってやるんだけど、同時に看護婦の向こう脛を思いっきり蹴りまくっているわけ。あるいは看護婦にありがとうって抱きついて、たくさん感謝の言葉を言うんだけど、同時に看護婦のブラウスを引き裂いてる。
(中略)
エリクソン:(中略) 院長はとうとう、12歳のルースを保護室に入れざるをえなくなりました。それで大慌てで私のことを呼んで、言いました。「ルースだ。彼女はすでに400ドルの損害を与えている。彼女は今保護室にいるが、壁の漆喰をはがしている。破壊してしまったベッドは部屋から取り出したが、まだ損害を与え続けている」って。私が「いくらぐらいの損害までなら、受け入れられますか?」と聞くと、記録を調べてみようと彼は言いました。昨年、彼女が与えた損害額はだいたい5,000ドルでした。私が、「あのう、あと400ドルか500ドルぐらいに損害を抑えたいと思います。それ以上の損害を防ぐために、そのくらいまでなら出せそうですか?」と聞くと、彼は「なんでもいい」と答えました。私は病棟まで歩いて行って、保護室に入って、ルースに言いました。「よく聞きなさい、ルース、こんな効率の悪いはがし方を、私は今まで見たことがないね。ほら、こうやるんだよ。この薄板は壊せるんだよ。君の服をずたずたに裂いて、この薄板を壊して、ちょうどいいハンマーを作れるんだよ。2枚の薄板を結わいて、その薄板で作ったハンマーを使って、また薄板を叩き壊し、それから反対側の壁の漆喰をはがしていくんだ」。するとルースが「でも先生……」と言うから、「じゃあ、それは後にして、他にも今われわれにできることがあるよ。あそこにラジエーターが見えるだろう?」って言って、「そうだな、あいつを何度もぐいっと引っ張れば、パイプを壊せるけど、結構時間はかかるかもしれないね。さあ、静かにして、私と一緒に床の上に座るんだ。一緒に足を壁につけて、パイプを掴んで、引っこ抜くぞ。ほらやるぞ、座りなさい」。ルースは座りました。そして彼女がパイプをねじ曲げてラジエーターをぶっ壊すのを、私は手伝ってあげようとしました。すると突然、ルースは泣き出し始め、「あなたは先生なんだから、そんなことしちゃいけないよ」と言いました。「君はやりたかったんだろう。だから私は手伝ってあげようと思ったんだ。じゃあ、私は忙しいからね。バイバイ」。そう言って、私は病棟の方に歩いて行きました。彼女はその後何時間も泣いてました。
ヘイリー:それが、予想外のことをして、子どもを動揺させる方法ですね?
エリクソン:そう。ルースがいらいらし、情緒的に乱れてくると、必ず看護婦がみんな言うんです。「エリクソン先生を呼ぼうか?」って。彼女は「だめ」って言う。でもルースが陽気で幸せな気分のときは、彼女から看護婦に頼んでくるんです。「もし来て頂く時間がおありなら、エリクソン先生を呼んで頂けません?」って。ルースは私のことを、一人の友人として欲しがったけれども、彼女が乱れているときは私のことを欲しがらなかったんです。(ibid 101-102)

上記の事例においてエリクソンは、暴れるクライアントと一緒に暴れることにより、クライアントの破壊行為を止めることに成功している。この成功の理由として、冒頭で紹介した二つの手法のうちの1の手法の利用を、指摘することができそうである。

しかしこれだけでは不十分である。なぜなら、「エリクソンがルースと一緒に破壊活動に従事したこと」に注目し、上記の事例においては1の手法が使用されていると主張することはできるが、このことが、ルースの破壊活動をストップさせる必然性が感じられないからである。

なぜルースは破壊活動を止めたのだろうか? エリクソンが破壊活動に一緒になって従事したから? ではなぜ、エリクソンが一緒に破壊活動に従事することが、ルースの破壊活動を抑止させることにつながるのだろうか? この点がどうしても分からない。

確かに治療は成功しているようである。しかし治療の成功を可能にしたロジックを抽出することは難しい。

このように上記の事例は、どうして治療が成功したのかを論理的に説明することが難しい事例といえる。何らかの手法の存在・ロジックの存在を指摘することが困難な事例といえる。

次の事例も、成功の秘訣を理論化することが難しい事例である。

エリクソン:(中略) ある晩、予約なしに入って来た若い男がいてね。入って来て、ドアを閉めて、カーテンを閉じて、その椅子に座ったんです。そして言いました、「あんたは俺のことを知らないだろうけど、俺が今晩ここに来たのは、あんたのことをひねり潰してやるためさ」って。
ヘイリー:先生をメッタ切りにしようとした男ですね。その話を先生がされたのを覚えてます。君はここで上手くやれるよっていうふうにその場を設定された話ですよね。
エリクソン:私がやったことって、そこに座って、彼の年齢と体重と身長を聞いただけなんですよ。そして、私をメッタ切りにして、このオフィスを荒らしたって、君は満足なんかしないでしょって言ったのです。私には抗うことなど全くできませんでした。

エリクソンの前に現れたのは、クライアントというよりも、むしろ暴漢である。その暴漢相手にエリクソンは、「私をメッタ切りにして、このオフィスを荒らしたって、君は満足なんかしないでしょ」という挑発的な物言いをした。その後どうなったのかについては詳しい記述がなされていないが、うまく立ち回ることができたからこそ、エリクソンはこのような話を楽しそうにしていられるのであろう。

それにしても、いきなり現れた敵意丸出しの赤の他人の男を、どうしてエリクソンは首尾よくあしらえたのであろうか? とても謎である。挑発に相手が乗り、メッタ切りにされることも十分考えられたのではないだろうか? これも成功事例のひとつであるが、なぜ成功したのかを説明することが難しい*1

私は、上記のような「理論を抽出することの困難な成功事例」に関して、催眠というテクニックを想起せずにはいられない。人間は論理だけでは動いていない。思惟や思考といったロジカルなものとは別のものにも、人間は開かれてしまっていると私は考えている。理論化することが難しい成功事例の多くにおいて、エリクソンは意識的/無意識的に催眠を駆使しているのではないだろうか? 理論化の難しい事例に遭遇するたびに、このように私は考えてしまうのである。

よく分からない現象に対して、催眠という、これもまた良く分からないものを持ち出すことには幾分抵抗を感じるが、このような着想に行き着くのは私だけではない。

エリクソンに反感を持つ大学教授が、エリクソンの講義を受けた後に、エリクソンに尊敬の意を示すように豹変してしまったという出来事がかつてあったという。そして、この不可解な出来事を、エリクソンによる催眠で説明しようと考えた人類学者が、過去に2人、いたようである。

ヘイリーグレゴリー・ベイトソンが言っていたんですけど、グレゴリーが先生のことで何を言っていたかは覚えていないんですけど、こういうことは魔法みたいなところがあるから、どこまでが空想で、どこまでがそうじゃないのかって。彼が言っていたのは、先生がある講義をされたとき、聴衆の中に先生の意見に反対である男性が一人いて、そのことを先生は事前に知っていらっしゃった。先生はある化学的題材についての講義をされる中で、その男性を先生の意見に従わせるように誘導したということだったんですけども。
エリクソン:はい。
ヘイリー:そのことについてお話し願えますか?
エリクソン:その男性は、今ハーバード大学の心理学教室の教授をしている人です。彼の催眠理論は、被験者は催眠者の言う通りに行動するというものでした。(中略) 私は彼の理論にはまったく賛同できませんでした。講義をしているうちに、講義は前から決まっていたことなんですけれども──この男性がこれに参加することになっていたことは知りませんでした──この男性は私の講義の賛同するようになって、私が彼の著作に疑念を差し挟むのも正当だと思うようになったんです。
ヘイリー:あのう、だからどういうふうにされたんですか? 何に関する講義だったですか?
エリクソン:いやあ、ちょっと今思い出せない。
ヘイリー:ある種の言葉を強調するということをされたのですか?
エリクソン:ある種の言葉を強調する。それとグループを見渡して、彼の眼を見つめる。
ヘイリー:彼をトランス誘導されなかった?
エリクソン:うーん、彼は私のことをちょっと怖がっていましたね。私はある単語、ある句、ある節を彼に向けて話したんです。マーガレット・ミードMargaret Meadは、彼はトランスに入ったと考えました。ベイトソンも彼はトランスに入ったと考えました。ベイトソンとミードは、私がその男性に対してやったことをとても印象深く受けとめたようです。
ヘイリー:グレゴリーにはとても印象深かったようですね。それは彼をとても不安にさせたみたいですけど(笑) (ibid 194-195)

上記の会話において、エリクソンは「ある種の言葉を強調する。それとグループを見渡して、彼の眼を見つめる。」とはっきりと述べている。これは「催眠をかけていたこと」の自白ではないだろうか? 

催眠の手法に私はあまり詳しくないが、エリクソンが講義の際に行った行為は、例のハーバード大学教授の意識を、催眠者の暗示に開かれた意識状態(変性意識状態)にさせる催眠の手法の一つとは考えられないだろうか。このことについて、なぜかエリクソンは、明言を避けているように見える。

私は、ミードやベイトソンと同様に、エリクソンは催眠を使ったと考えている。そうすることにより、相手をトランス状態にし、暗示をかけたのではないかと考える。また、多くの他の事例においても、彼は催眠を使用していると私は考えている。なぜなら、そうでないと説明がつかない事例が数多くあるからである。

何よりも私はベイトソンの観察眼を信用しているため、その彼があの講義の場で起きた現象を、催眠以外の用語で説明することをあきらめていることを重く捉えたいと思う。ベイトソンは論理の人である。言葉や身振りなどのメッセージの連関・関係を丹念に分析し、そこから論理を抽出する達人である。しかしその彼が、論理の抽出を放棄し、催眠という言葉に頼っている。このことを重視したい。

ベイトソンは、本当に不安を感じたのではないだろうか。なぜなら、エリクソンのあの講義の場を通して、人間の意思行動を決定付けるものとしての「言葉や身振りによるメッセージの連関・関係が織り成す論理」以外に、人間の意思行動を決定付けるものの存在を、彼は認めざるを得なかっただろうから。

このように、エリクソンのテクニックには、催眠という未知の手法がからんでいる可能性が高いために、彼のテクニックのすべてを言葉で納得いくように論理的に説明することは難しいと考えられる。

催眠のテクニックは、ひたすら工学的であり、「なぜか分からないけど、ある仕方で相手に働きかけると、相手はこちらの言う通りに動いてしまう。だからとにかく相手をこちらの言うとおりにコントロールしたいならば、特定の仕方で働きかけよう。」という性質のテクニックなのかもしれない*2

*1:しかし、「クライアントを挑発すること」「彼らを敵に回すこと」がエリクソンの心理療法において重要なキーになっていることはかろうじて理解することができる。なぜなら、人は挑発されると頭に血がのぼり、感情が高ぶって目の前の人間に親近感を抱いてしまうことがあるからである。殴り合いの喧嘩をした後に、なぜかとても仲良くなって、分かり合ってしまう経験を私はしたことがある。なぜか分からないが、感情が高ぶると人は、妙に仲良くなってしまうことがあるのである。エリクソンはこの仕組みをうまく利用している可能性がある。

*2:赤子の声に呼応して否応無く、母乳の分泌が促されてしまうように、ある特定の刺激に対して人間はある特定の反応をしてしまうように遺伝子レベルで決定されている側面があると考えられる。この現象は、生物としての仕組みそのものであるために、「なぜ?」という問いに対しては、「こうなっているから」としか答えようの無いものである。「そういう風にできている」のであるならば、その仕組みを素直に理解して、利用するのが得策ではないだろうか。飛行機が空を飛ぶ原理が厳密には未解明のままでも、ある特定の造りを備えさせれば、飛行機は飛ぶのである。