逃げてるだけっ!のりこえられるっ!あきらめるなっ!
土曜の23時頃、その男は現れたのだという。
場所は沖縄県北谷の美浜。クリスマスを彷彿とさせるイルミネーションの輝く一角。
「ふれーふれーみーんーなーっ!」という大声が、突如響き渡ったのだという。
もちろん、周囲にいた人々は警戒した。酒に酔った変態が叫んでいるのであろう。そう判断し、声のした方向を一瞥後、当然のように無視を決め込んだ。
「みんながんばれーっ!」
男はなおも叫び続けた。歳は20代前半。身長は約165cm。ジーンズにパーカーという服装のその男は、ぐるぐると周囲を走りつつ、叫び続けた。
「あきらめるなーっ!」
「のりこえられるーっ!」
「絶対にのりこえられるーっ!」
男は必死の形相で、1、2分の沈黙を挟みつつ、言葉を放っていく。
「逃げてるだけーっ!」
「嘘つかないーっ!」
「自分に嘘つかないーっ!」
奇妙なことに、男の放つ言葉に、周囲の人々は次第に耳を傾け始めた。
何かに真剣に挑んでいる。真摯に取り組んでいる。このような気配が感じられたからであろうか。
あるいは、男の放つ言葉に、心をなぞられてしまったのかもしれない。
やがて、米兵と思しき人物が、男に近付いていった。
同じ酔っ払い仲間だと感じたのか、英語で何事かを喋りながら、笑みを浮かべつつ、友好の証であるかのように腕を広げ、男に近付いた。
しかし、米兵は無言でUターンし、男から離れた。
「So serious...*1」
米兵の顔がそう伝えていた。
何かのパフォーマンスなのか。それとも、治療実践なのか。男は周囲を走りながら、しきりに言葉をほとばしらせる。その切実さと迫力に、いつしか周囲が釘付けになっていることが興味深い。
「みんな見ているーっ!恥ずかしいーっ!」
男は叫ぶ。
「恥ずかしいーっ!」
「知り合いがいたらーっ!恥ずかしいーっ!」
周囲が自分に注目していることを、男は理解しているようだ。男の姿を携帯で撮る者も少なからずいる。
男はベンチに飛び移り、精一杯足を踏ん張らせて、力いっぱい叫ぶ。
「でもーっ!感じたことをいうーっ!」
「思ったことをいうーっ!」
「落ち着いてーっ!」
「緊張して分からなくなっているだけーっ!」
「自分に素直になってーっ!」
「自分に嘘つかないーっ!」
「のりこえられるーっ!」
「逃げてるだけーっ!」
男は、現在の自分を表現するための純粋な楽器であるかのように、ただただ言葉を放ち続けた。
「自分に素直になってーっ!人に優しくするーっ!嫌なことは嫌っていうーっ!嘘つかないーっ!のりこえられるーっ!絶対できるーっ!」
男が立て続けに言葉を絞り出した。まとめに入ったのか。花火大会の終盤のように、男の口から言葉が次々と溢れ出ていく。
「以上ーっ!」
しばしの沈黙。
その後、周囲からの大きな拍手。
いつのまにか、男の周りには、50人ほどの人だかりが、できていたそうである。